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市役所の待合のソファに腰掛け、戸籍謄本を何度も何度も読み返す。しかし、どんなに目を凝らしても、父の名前は浮かんでこなかった。
──非嫡出子。
俺の父親は、どこぞの誰かだった。
確かに薄々予想はしていた。そういう可能性も勿論あるのだろう、と。しかし──いざ目の前に突き付けられると、中々に堪えるものがある。
俺が追っていた存在は、何だったのだろうか?
部屋の隅で埃をかぶっている観葉植物を眺めても、それは分からなかった。
だがしかし、追わされていた理由は何となく見当がついた。
お母さんは、俺をより良い人間に育てたかったのだ。存在しない優れた父の後を追わせることで、俺が父を超えて優れた人間になることを期待したのだ。
では何故俺を優れた人間にさせる必要があったのか。
それは勿論自分の老後の心配や、俺の将来を思ってのこともあったのだろう。しかし、俺が思う一番の理由は──見栄だ。
男に見捨てられシングルマザーとなった彼女は、自己肯定感が著しく低かったのではないかと思う。それを、俺という人間を優秀に生育することで「私はこんなに優秀な子を産んだ!」と満足したかったのではないか。
若しくは、俺の父に当たる人物より俺を優秀にすることで見返したかったのではないか。
彼女という鳶は、鷹を産みたかったのだ。
だから俺がどんなに優れた成績を収めても「さすが私の子ね」とは言わなかったのだろう。私の子ならもっと頑張れる、もっと上を目指せる。
つまるところ、満足していなかったのだろう──欲望に際限はないのだ。
そういう意味でいうなら、俺が母に言われ追い続けていた存在とは「母の虚栄心」だったのかもしれない。
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