現在

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お母さんが幸せならば、それで良い。 そう、たとえ父が居なくても、俺自身は困らなかった。母が喜んでくれたから。 俺が──父になることを喜んでくれたから。 だがそれも、完璧な結果とは言えずに終わった。母は満足する前に死んだのだから。 「さすが私の子ね」と言わずに死んだのだから──。 こんな、まるで作品のように母に愛された俺であったが、それでも母の思いに応えられなかったのは残念だと思う。……どうしても、彼女は俺を育ててくれた母なのだ。 俺はソファを立ち、市役所の自動ドアをくぐった。俺の中を渦巻く複雑な感情とは裏腹に、空は見事に晴れ渡っていた。 母は死に、父は俺の中から消えた。 もう母に父を目指すように言われることもない。偉大なる父の背を追うこともない。 ……じゃあ、俺は何をすればいい?何を目標に生きればいい? 「父のように、居なくなればいいのか?」 ぼそりと呟いた言葉は暖かな空気に溶けて消えた。 青空を割る飛行機雲が、なんだか酷く不愉快だった。
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