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夜中の、誰も居ない公園。時折吹く強い風でブランコが揺れ、『キッ』と錆びついた音を立てる。
「香澄さん・・・。こんな時間にどうしてこんな所に?」
二人の間に強めの風が吹き、またブランコが『キッ』と音を立てる。
「別に、私がいつ何処に居ようと私の勝手だわ。あなたに何か関係が有る?それに・・・さっきから私の事を香澄って読んでるけど・・・・・・私は香澄ではないわ。」
「何を言っているんですか。香澄さん、つい最近会ったばかりじゃないですか。それよりも、質問に、正直に答えて下さい。なぜ、こんな時間にこんな所に居るんですか?」
「さっき答えたじゃない。私がいつ何処に居ても良いでしょ?それに、私は香澄じゃないわ。」
冷たく光る香澄の目は、最初に会った時の印象とはガラリと違って見えた。
「わかりました。質問を変えましょう。あなたがドアを開けようとした203号室の住人とは・・・一体どういう関係で?」
「意地悪ねぇ。知ってるでしょ?」
女がふふふと不敵に笑う。何とも形容しがたい感情が山内に湧いてくる。
「あなたは・・・一体・・・?」
最初に会った印象とはガラリと違う香澄に対して山内は素直に質問した。ほんの束の間、二人の間に沈黙が流れる。
「ふふっ。私はね・・・・・・麻美よ。伊藤麻美。」
香澄の質の悪い冗談かと思った。が、その思いは麻美の説明により徐々に払拭されていく。
「香澄はね、特殊な能力を持っていて、人が強く抱いた念を感じ取る事が出来るの。それに加えて、その念を自身に取り込む事も出来る。あなた達が私の遺骨を香澄に手渡した時、香澄は私の念を受け入れてくれた。つまり、今の私は体は香澄だけど、精神は伊藤麻美なの。」
確かに、麻美の遺骨を渡した時、聞き取れないくらいの小さな声で香澄は麻美の遺骨に何かを話しかけていた。あの時は大して気にならなかった。純粋にこの世から姿を消した麻美に対して悲しみと慰めの意を表しているのかとおもった。
「本当に・・・伊藤麻美なのか・・・?」
「そうよ。」
「後藤修二と、有田正彦を殺したのは・・・あなたですね。」
「そうよ。」
麻美は何のためらいもなく犯行を認める。
「どうして・・・二人の居場所がわかったんですか?」
「簡単よ。私が拉致された時と同じ時間、同じ場所で数日間待っていたの。ほら、香澄のこの容姿でしょ?何の反省も無く向こうから声をかけて来たわ。今日はどうしても用事があって遊べないけど、今日以外ならいつでも遊べるって言ったらすぐに連絡先を教えてくれたわ。初めから香澄の身体にしか興味の無いクズ、私はSだから攻めさせてってお願いしたら二人とも喜んで縛らせてくれたわ。本当に馬鹿でクズね。そこからは・・・一人ずつ丁寧に痛振りながら、地獄を味合わせて殺したわ。いい気味よ。」
麻美は淡々と話す。が、表情は暗い。
「あなたの呪いは・・・森田みうと棚田壮一郎の手によって終わったのかと思っていました。まだ、終わった訳では無かったんですね。」
「その二人には感謝してるわ。私を見つけ出してくれて。あなたにもね。おかげで遺骨を香澄に届けてもらう事が出来た。あの時、香澄に説得されたわ。無差別な呪いは解いて欲しいってね。だから、あの事件に関係無い人を呪うのは、もう辞めたの。でも、私を殺したあの三人だけは絶対に許さない。私の苦しみをそのまま味わって殺してやるまでは。その為には、どうしても自由に動かせる肉体が必要だったのよ。香澄にはそれが出来る能力が有った。」
麻美の目に嘆きとも復讐心とも言えぬ光が灯る。
「どうするんですか?これから。」
「もちろん、斎藤芳彦を殺すわよ。この体にもそう長くは居座る事は出来ないから、時間が無いの。」
「だったら俺は、君を止めなければならない。」
「ふふっ。あなたに出来るかしら?」
麻美が不敵に笑う。
「君はもう、香澄さんの体で二人の人間を殺しているんだ。すぐに警察が追いかけて来るだろう。これ以上何の関わりもない香澄さんの手を汚させる訳にはいかない。」
山内の言葉から敬語が消える。
「ふふふっ。二人殺そうが三人殺そうが大して変わらないじゃない。」
「君が香澄さんの体から出た後、香澄さんがその罪を償う事になるんだぞ。」
「香澄はね・・・そんなの初めから覚悟の上なのよ。わかったら・・・そこをどいてちょうだい。」
「ダメだ。ここで確保する。」
「あなたには出来ないわ。この体を捕まえたところで、私はいずれ居なくなるのよ?あなたは無実の香澄を牢獄に入れるつもり?」
「そ、それは・・・。だが、私が今ここで君を見逃したとしても、すぐに警察の追手が来るのは間違いないぞ。」
「そうかしら?そんなヘマはしてないはずだけど。バレやしないわよ。あなたが言わなければね。」
山内が沈黙する。
「それとも何?警察の面子の為に、無実な香澄に罪をなすり付けるつもり?」
沈黙する山内に麻美が追い打ちをかける。
「わかったら・・・そこをどいて。」
麻美の表情が一気に冷酷さを取り戻す。山内は只々そこに立ちすくむしかなかった。
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