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第3話 魔弾の射手①
「やっぱり……」
アスキスの消えた方向を、大体の目星を付けて探すと、想像していた通りの物を発見した。
血痕だ。地面に点々と続く、まだ新しい血の跡を辿り歩を進める。
公園で襲ってきた連中なのかは解らないが、ジジとの戦闘中、あの魔女は横槍を入れられたらしい。異形の存在や、魔法めいた能力に関係するいざこざなのかも知れないが、それを差し引いても、敵の多そうな性格だ。あれだけ目立つ立ち回りをすれば、格好の的になるのも仕方ない。
血痕は市の周辺部、開発予定地区に続いていた。作業は休みなのか、人影は無い。フェンスをよじ登り、敷地内に侵入する。
彼女を探してどうするつもりなのか。公園での異能同士のぶつかり合いでも、僕はただ見ているだけしか出来なかったじゃないか。下手をすれば巻き添えを喰って、命を落としていたかもしれない。どこか危うげで、放って置けないコートの少女ならともかく、ゴスロリの悪魔には、貸しはあっても借りは無い。あんぱんの代金だって貰ってやしないじゃないか。
(観察し続ける事がこれの使命)
……いま気が付いた。鞄はともかくパン屋の紙袋は公園で落としたっきりだ。とっくに食べられる状態じゃなくなっているだろうけど。
「ようボンクラ。……手ぶらじゃないか。……あんぱん買って来いって言ったろ?」
こいつは……! こんな姿になっても。
黒衣の魔女は、廃材の山の陰に蹲っていた。
左脇腹を押さえる手が真っ赤に濡れている。生地が黒いから目立たないが、ドレスを重く湿らせる血は、スカートにまで広がっているようだ。
「馬鹿! そんなの言ってる場合じゃないだろ!? 早く傷を何とかしないと」
腕や足なら心臓に近い部分を縛れば良かったはずだけど、胴となると……どうすれば良いんだ!? 落ち着け、僕。とりあえず傷口を押さえて出血を抑えるくらいしか思い付かない。内臓を深く傷付けていない事を祈るだけだ。
「触んな……掠り傷だ」
ハンカチを取り出して傷口に当てようとするも拒否される。それでも無理にハンカチを押し付け、救急車を呼ぶべく携帯端末を取り出す。
「……余計な事すんな」
アスキスが振るった腕が端末をはたき落とす。
「何するんだよ!?」
「無名都市で、神智研の紐付きじゃない医療機関が有る訳ないだろ……あたしを売る気か?」
「……神智研?」
どこか聞き覚えのある言葉だが思い出せない。
「それが君の敵――戦ってる相手なのか? あのジジとかって娘も? 君を撃ったのも? それじゃあ公園で襲ってきた連中は?」
「いっぺんに訊くな、喧しい。……確かに、あの小娘は神智研の人形だが、あたしを撃ったのは連中じゃあない。……あたしとやり合うつもりなら、無関係のお前をのこのこ連れて来やしないだろう」
確かに。公園にはアスキスのほうが先にいたのだから、ジジとは完全に遭遇戦。それに、狙撃手を呼ぶ時間も余裕も無かったはず。襲撃者に至ってはジジが斬り込んで行ったのだから、同じ組織に所属する者のはずが無い。
「それに……神智研の連中は、あたしを殺すより捕獲したがってるだろうからな……」
アスキスの息が荒い。喋らせ過ぎたか。無理に押し付けたハンカチも、既に重たげに紅く湿っている。
「敵だらけだね。感心するよ。それにしても、ジジの様子は捕まえるって感じじゃなかったよ?」
口元を歪め、小さく笑声を漏らす黒衣の少女。
「ああ、殺す気だったろうな。そのくらいじゃないとこの魔女は止められない」
胸を張り、傲岸不遜に言ってのける。
第三者からの不意討ちとはいえ、しっかり喰らってるじゃないか! ……とは口に出来なかった。有利に戦っている様に見えても、小さな剣士はそれだけ集中しなければならない相手だったという事だろう。どっちにせよ、僕にどうこう言えるレベルの話しでない事は確かだ。
「僕がジジと公園に来るのは見えてたはずだろ? 何で逃げなかったのさ?」
「あたしが? 逃げる?」
馬鹿にするように鼻で笑う。
「あのおすまし顔をぶちのめせるチャンスを、みすみす見逃せるかよ」
怒りとも悦びとも取れる表情で口元をひん曲げるアスキス。神智研の目的は捕縛、狙撃手の目的は抹殺。場合によっては彼女を説き伏せ、自由よりも生命を優先させる手もあるかと考えていたが、その線は完全に無くなった。
ふらつく事もなく立ち上がる黒衣の魔女。でも、平気なはずが無い。口元に笑みを浮かべているが、額には脂汗が滲んでいる。この意地っ張りめ!
「無理するなよ、その傷で立てる訳ないだろ!?」
「魔女を舐めんなよ、小僧! ……それに、あたしを撃ちやがった奴が、近くまで来てる頃だ」
そうだ。狙撃手と襲撃者達が同じ陣営なのかは解らないが、手傷を負わせた獲物を見逃すはずが無い。
予備動作無しで僕を突き飛ばし、その反動で後ろに跳ぶアスキス。
青白い光の尾を曳きながら、寸前まで彼女の頭のあった場所を弾丸が撃ち抜いた。
「風穴を開けられたくなかったら、あたしから離れてろ! 行け!」
轟音で半ば麻痺した耳に、魔女の叫びが突き刺さる。僕と彼女の間を走り抜けた弾丸が、数十メートル先の建築途中のビルの壁面に着弾する寸前にその軌道を変え、金属的な唸り声を上げながら向かってくるのが目に入った。
「そんなのアリ!?」
叫びながら走る。アスキスがジグザグに走るのに習い、手近な物陰に飛び込む。
青白い光と音のおかげで位置が把握しやすい事もあるが、目視出来るという事は、かなり速度は落ちてるんじゃないか?
「だからさっさと逃げろって言ったろ!?」
アスキスが毒づくが、逃げるくらいなら最初からここに来てないって言うの。僕も何でこんな奴の事気にしてるんだか。
再び魔弾が軌道を変えるのが見える。ジグザグに走り速度を殺し、物陰に逃げ込む事を続ければ暫くは凌げるだろうが、アスキスの体が持たない。相変わらず不敵な表情を浮かべようとしているが、顔からは完全に血の気が引いている。
一つ息を吸い、物陰から飛び出し、唸り声を上げる魔弾に向かって走る。
「小僧! 何のつもりだ!?」
「奏氏! 小僧じゃない。無有奏氏だ!」
青い光の尾を曳きながら迫り来る弾丸に走り寄りながら、鞄で打ち返すイメージで振り回す。
上手く軌道に合わせ、奇跡的に魔弾を捕らえる事に成功するも、鞄はあっさり突き破られ、反動で僕のほうが吹き飛ばされる。
後ろの方から、わきゃあ!? とか、魔女のらしくもない悲鳴が耳に入る。ほんの少しでも軌道を変える事が出来たのか? さようなら、僕の全財産。別れを惜しみながらも、アスキスの元へ走る。
「……馬鹿か、お前? だが発想は悪くない」
期待した自分が馬鹿だったと、表情で雄弁に語りながらも、何かを掴んだのか。魔女の瞳が輝いている。
「身体を晒したお前を仕留めなかった事ではっきりした。あれはあたしを狙った呪殺の類だ。弾丸を止められれば、解呪出来る」
魔弾は鞄を撃ち抜くのに失った速度を補うためか、空高く舞い上がり、さらに軌道を変える。
「確認しておくけど、病院に行かないって事は、その傷は自分で治せるんだね?」
「……だから舐めんなって。……手足の一本くらい簡単に再生できるっての」
「信じたよ、その言葉」
必殺の魔弾を阻むべく、アスキスを背に庇う。辺りに素早く目を走らせるが、十分な強度を持ち、尚且つ、動きを妨げずに振り回せる程度の、手頃な重さの鋼材が都合良く転がっているはずもなく。
仕方ない。覚悟を決め足を肩幅に、左足を前、右足を後ろに引きレの字を描く。見よう見まねの格闘の構え。軽く膝を曲げ、緊張で強張る指をゆるく開閉しほぐす。
アスキスが僕の意図を察したのか、公園で感じた風が僕の身体にまとわり付くのを感じる。鎧代わりか。不快感は変わらないが、今回ばかりは心強さを感じる。だが、前回と違い、束縛するための物でない事を差し引いても、明らかに勢いがない。僕という盾を得て初めて風を起こした事からも、この魔女が追い込まれている絶望的な状況を思い知らされる。
来た!
金属的な唸り声を上げながら迫る魔弾。アスキスの造り出した何重もの風の壁で、それの速さが明らかに落ちているのが見て取れる。この場を凌ぎさえすれば再生も可能だというのなら、多少の痛みはこの際度外視だ。魔女には後でたっぷりと借りを返してもらおう。
右の平手を叩き込み、勢いが落ちた弾丸をそのまま握り込めるかと思ったが――甘すぎた!
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