蒸発したキャバ嬢

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 という訳で北村は明くる晩、周囲の冬枯れした田園地帯を威圧するようにどっかと建ち、徒に幾つも明かりを灯す高井の大邸宅を訪ねた。立派な冠木門、前栽の春日灯篭や筧や松の玉散らしは定番だが、築山、林泉まである。そして入母屋造りの宏壮な母屋は破風が黄金の懸魚で装飾され、その上に大鬼がでんと構えている。そんな純和風大邸宅の中にあって洋室の客間で北村と高井の晩酌は行われた。  北村は取次の家政婦に客間に案内されるまで高井の奥さんに会うことが出来なかった。おそらく高井はアルコールが程よく俺の体に染み渡った所で奥さんを出す気なんだろう。その方が見栄えがして俺の目に映ると考えたに違いないと北村は思った。  高井は見栄っ張りで計算高い所が昔から確かにあった。それに要領がよくて皆の歓心を買う術を熟知していた。相手の嗜好を心得ていて空気を読んでどうにでも相手に合わすことが出来、そうして気に入られ人望を集める。その様に小賢しく自分がなく真心がなく人気を得ながら誰にも唾棄すべき点を気取(けど)られないあざとさを備えている。だから順調に出世した。  片や北村は高校の頃から周囲の者に幻滅して行き、道化を演じて人気を得ることに虚しさを感じたものだった。その点に於いて北村の方がよっぽど高尚なのであって高井は紛れもなく俗物なのだ。しかし、報われるのは高井の方で相変わらず贅沢に暮らし、北村は一向に経済的貧困から逃れられない。世の中とはそうしたものだ。  丹の本革ソファに挟まれたコーヒーテーブルには既にエクストラオールドの中でも熟成されたオールダージュを謳う高級コニャックがアイスペールやグラスと一緒に用意されている。何本も酒瓶が収まったボトルラックも傍にある。それから家政婦が忠実に前菜を持ってくる。その上、部屋の贅を尽くした豪華絢爛な意匠がリッチな気分を盛り立て、いたせりつくせりといった感じだが、北村は劣等感に苛まれ気分を害する。それを楽しむかのように高井は東北の青空のように頗る陽気に一杯二杯とやる。北村にはそういう高井の嫌な面がひしひしと感じられるのだ。ま、心から好きな奴なんて一人もいないし、他の奴らも似たようなものさと北村は改めて諦観する。  前菜の品がなくなって来たところで高井が呼び鈴を鳴らした。 「主菜を持ってくるように!」と高井がやって来た家政婦に告げると、ものの二三分で前菜の食器が片付けられ主菜が持って来られた。北村はその間、俯き加減でコニャックをストレートで飲んでいた。主采の品がコーヒーテーブルに全部置かれてから高井が一際弾んだ声で言った。 「北村!これが俺の妻だ!」 「えっ!」北村は不意を突かれて思わず顔を上げた。主采を持ってきたのは家政婦ではなく高井の妻だったのだ。北村は彼女を見ると、彼女と共に半端でなく驚いた。なんと高井の妻はナナだったのだ。 「ハッハッハ!おいおい、どうしたんだよ。両人びっくりしちゃって!まさか、顔見知りとか知り合いとか?」  そうか、高井は所用で東京へ行った際、アンアンへ夜遊びに行って自分の財産と地位を武器にナナを口説いて目が眩んだ彼女を攫ったんだ。そう北村は勘付くと、シニカルに言った。 「そうさ、暫く見ない間に一段と綺麗になったんでびっくりしたんだよ。」
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