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それから、響子(きょうこ)琴音(ことね)詩音(しおん)は時間が来たと言って帰っていった。 (かなで)とデン子は、ライブが始まるまでまだ時間は早かったが、オープンの時間には近づいていたので会場へと向かうことにした。 行く途中(とちゅう)の道で、奏がデン子にライブハウスには出演(しゅつえん)したことはあるのかと(たず)ねると――。 彼女は小学生に(ころ)に、少しステージに上がったことがあると(こた)えた。 どうやら父親のバンドにキーボードとして数曲だけ参加(さんか)したようだ。 「小学生の頃から大人に()じってバンドやるなんて……デン子ってやっぱ相当(そうとう)うまいんだね」 「そんなの大したことないわ。あたしよりうまい人なんていくらでもいるし。それにテクニックやリズム感はもちろん大事だけど、それ以上に音楽には大事なものがあるのよ。特にロックわね」 「ふ~ん。よくわかんないけど」 デン子は、訊いておいてなんだその態度(たいど)は、と思っているうちにライブハウスへ到着(とうちゃく)。 奏は、ライブハウスの看板(かんばん)を見て、読みづらいのとこの場所はわかりづらいなと思っていた。 「ねえ、デン子。ライブハウスってみんなこんなわかりづらい感じなの?」 「まあ、小さいハコは大体そうね。さあ、行きましょう」 奏から見ると、地下へと向かう階段(かいだん)(ひど)(あや)しく感じられた。 このまま()りていくと、怖い人たちに(ドラック)()けにされ、廃人(はいじん)になるまで体を売るように(おど)されるのではないかと(おび)えてしまっている。 そんなビクビクしている奏を見て、デン子がその手を引いていく。 「大学生のライブイベントで、(こわ)いことなんてあるわけないでしょ。ここはニューヨークじゃないのよ」 「やっぱりデン子に来てもらえてよかったよぉ~。あたし一人じゃここから先へ進めなかった」 ニッコリと笑みを()かべて言う奏に、デン子は「ふん」と(はな)()らした。 二人は階段を降りていき、受付(うけつけ)で今日観に来たバンド名を訊かれ、チケットの確認(かくにん)をしてもらう。 愛染奏(あいぜんかなで)電渡珠子(でんわたたまこ)の名前でチケットはちゃんと予約(よやく)されていた。 それから受付でドリンクチケットと引き()えに五百円を支払(しはら)い、重たくぶ(あつ)(とびら)を開けてライブハウスの会場へと入る。 中は奏が思っていた以上に(せま)く、ステージ両端(りょうはし)には巨大なスピーカーが(なら)び、ギターアンプ、ベースアンプ、ドラムセットが見えた。 「わぁ~なんか前に学校で行ったホールとは全然(ちが)うね」 奏は自分がギターを始めたせいもあったのだろう。 このライブハウスの空間を気に入っているようだった。 二人は、早速(さっそく)ドリンクチケットを(にぎ)ってバーカウンターへ向かった。 メニュー表を見ると、聞いたこともないお酒の名前がずらっと並んでいた。 だが、当然二人は高校生なので飲めない。 「なんかくやしい~。大人になったら絶対に飲んでやる」 「はいはい。せいぜいアル(ちゅう)にはならないでね」 二人はオレンジジュースを(たの)んで、会場の(はし)のほうにいると――。 この薄暗(うすぐら)い場所には似合(にあ)わない、(さわ)やか男性が近寄(ちかよ)ってきた。 今日のライブイベントに二人を(さそ)った楽谷秀樹(がくたにひでき)だ。 「奏ちゃんにデン子ちゃんも、今日は来てくれてありがとね」 奏は目を(かがや)かせ、やはりいつもと同じく犬や(ねこ)尻尾(しっぽ)()るようにはしゃいでいる。 デン子は(ほほ)を赤く()め、モジモジと身を(ふる)わせながらペコリと挨拶(あいさつ)をした。 二人は楽谷先輩の(となり)に、知らない人がいることに気がつく。 どうやら楽谷先輩をバンドにサポートで(さそ)った大学生らしい。 「二人ともバンドとかやってる人?」 その大学生は訊ねると、奏は自慢気(じまんげ)(むね)()った。 「はい! もう毎日ホワイトペンギンを弾きまくってます! そりゃもうホワイトペンギンをっ!」 奏が何故ここまでホワイトペンギンを強調(きょうちょう)するのかと言うと、以前にそのギターの値段(ねだん)を聞いていたからだった。 彼女が使っているギターは、元々(もともと)従妹(いとこ)である小原羊(おはらよう)こと――(ひつじ)からもらったものだ。 だが、ホワイトペンギンを使っているのは事実(じじつ)だし、この名前を出しておけばまずバカにされないだろうと、奏は虚勢(きょうせい)を張ったのだった。 奏はさも自分が(えら)んで購入(こうにゅう)したように言い続けていると――。 「マジか!? 高校生がグレッチかよ!? じゃあ、好きなバンドとかは? 普段(ふだん)どんなの聴いてんの?」 正直(しょうじき)奏は、バンドでやっている響子が作ってきたデモ曲以外は音楽を聴いていなかった。 だが、ここでも彼女は(つう)ぶってみせた。 「“ふ菓子(がし)”……じゃなかった。フガジですよ!」 「フガジってアメリカのポストハードコアバンドの元祖(がんそ)って呼ばれるやつだよね? マジで君、高校生か!?」 「もちろん! ストレートエッジな女子高生です!」 それは当然(うそ)である。 すべて響子からの受け売りだ。 その後も奏は、調子(ちょうし)に乗って知ったかぶった知識(ちしき)披露(ひろう)し続けた。 デン子は、そんな彼女を見て(あき)れていたが、琴音と詩音から奏がギターを始めた理由が楽谷先輩ということを聞いていたので(だま)っていた。 ……奏のやつ。 かなり調子に乗ってるわね。 あとで(いた)い目を見なきゃいいけど……。 デン子が奏のことを心配していると、最初のバンドがステージで音を鳴らし始めた。
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