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死が思い出に変わる時
『はるなはショートカットの方が似合うわね』
母は子供の頃からそう言っていた。乳幼児といわれる年齢の頃はちょっと長めで、母に髪の毛を結わえてもらうのがとにかく楽しみだった。小学校に入学したあたりからショートカットなのだが、母はそれから六年間毎日髪の毛を梳いてくれた。中学生になって自我が確立されてくるとそれも無くなったが、たまに髪の毛を触って絹糸のようだと褒めてくれた。
「ただ今戻りました」
思考が明後日の方向に行きかけた時、玄関から長野さんの声が聞こえてきた。彼は変わらず同居人だが、年明けから仕事で北の大地へ出張中だ。
「よかったぁ間に合って。あっち今吹雪で」
彼は本来前入り予定であった。しかし悪天候のため足止めを食らい、一日遅れの到着となった。
「お帰りなさい千葉さん、もう少し後になりますが宜しくお願いします。なつひさん、これ供えていいですか?」
「じゃあそこ置いちゃって」
叔母の指示で、長野さんは他の供え物にならって紙袋に入れたまま立てておく。来客らしい来客はほとんどいないのだが、何日か前から母の職場関係の方たちから郵送でお供えやら御仏前なんかが届いている。そう思うと母はそれなりの人脈があったと見え、葬儀の時も遠方からの参列者が多く来てくださった記憶がある。
ピンポン♪
「ん?」
叔母が玄関のチャイム音に反応する。
「俺が出る」
ここでも神戸さんが名乗りを上げる。
「塩要るか?」
「多分大丈夫だ」
そう言って玄関に向かうと、彼は叔母の名を呼び付けた。
「あ゛ぁ?」
叔母は面倒臭そうに返事して玄関に向かう。それから少し経って戻ってきた二人の後ろに、あの日よりもちょっとだけ垢抜けたリョウが立っていた。
癖のある髪の毛は相変わらず長めであったが、お洒落にカットしているようで鬱陶しさは感じなかった。色もほんのりと明るくなっており、着ている服も以前ほどもさくない。
「ちょっと雰囲気変わったね、お洒落になってる」
さくらは息をするように相手を褒める。
「こういうのヤなんだよ……」
リョウは慣れない様子で落ち着かなさげにしていた。
「ミレーか?」
「はい」
神戸さんはファッションセンスを見ただけで分かったようで、元歌手でありリョウの実姉の名を挙げる。
「彼女はファッションデザイナーになるのが夢でな、引退したらそっちの道に行くっつってたんだ。リョウは見てくれが良いからモデル役でもやらされてんだろ?」
「ホント勘弁してほしいです、一応バイト代もらえてるんで文句は言えないんですけど……」
奴はうんざりだと言わんばかりにため息を吐く。嫌ならやめろよと思うが、姉のためにって考えてるのかもしれない。
「あぁ、この前業界用のファッション雑誌で見たよ。ユニセックス風というか女装みたいな感じになってたな、メイクもバッチリでアラサー男子には見えなかったよ」
神戸さんは芸能活動を完全に引退した訳ではないのでそういったものがたまに届く。それに興味を示したさくらは見たいと表情をほころばせた。
「やめろ」
「何で? ちょっとくらいは見てほしいと思ってるからやってんでしょ、モデル業」
「……」
「さくら、無理強いはだめだ」
リョウの表情を見た千葉さんが娘をたしなめる。
「はぁい」
さくらは少々残念そうにしていたが、必要以上の無理強いはしなかった。そうこうしているうちにお寺さんが来られたのでお経を上げて頂き、仕出しの料理を振る舞った。
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