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 お寺さんが帰られてからまったりとした時間を過ごしていた。同じ空間にいたが、それぞれが好き勝手に思い思いのことをして過ごす……去年の今頃までは勝手知らぬ人たちだったのに、今となってはすっかり馴染んで心地良くなっている。  私は授業のレポートをせっせと作成していたのだが、喉が渇いたので休憩がてら台所に向かうとリョウが先客として流しの前に立っていた。何をしている訳でもなく蛇口を指で触り、ここにいた痕跡を探るかのように佇んでいる。それを視界の端に捉えながら私用のマグカップを取り出して紅茶を淹れていると、音に反応したのかぐるっとこちらに体を向けた。 「何してんだよ?」 「紅茶淹れてる、いちいち断り要ります?」 「いや」  低い声で素っ気ない返事を返してきたリョウに背を向け、湯に色が付くのをじっと待つ。 「俺の居場所はやっぱりここだ」 「えっ?」  これまで私には滅多に話し掛けてこなかった奴のイレギュラーな行為に、私はビクっと背中を震わせる。一体何があったんだ? 何となく無視できなくてリョウの方に体を向けた。 「ご家族はどうされるんです?」 「もうぼっちじゃないしお互いいい歳してるからな」  でも長らくの願いだったんじゃないの? 一旦はご家族に会うためここを出てるんだから。 「家族ってな、血縁で決まる訳じゃねぇんだよ」 「でも大事だと思います」 「なら聞くが、長洲物流のおっさんを家族だと思うか?」 「思う訳ないじゃない、あんたとは事情が違う」  あのおっさんは母を弄んで孕ませた挙げ句にポイ捨てしただけの男だ。結果私が産まれてきたのだが、それは母が命を生かす選択をしたお陰であって種蒔きのお陰ではない。 「事情は違っても離れてる時間が長すぎたんだよ。一緒に暮らしてたって相性の悪い血縁者だっている、血の濃さで“家族”ができる訳じゃねぇってことを思い知ったってだけの話だ」  リョウの言い方にちょっとした寂しさを感じた。せっかくご家族と再会できたのにあまり楽しそうな感じじゃないし、ひょっとして何か嫌な思いでもしたのだろうか? 「お母様とお姉様が嫌いなの?」 「別に嫌いじゃねぇよ、ただ“家庭”で括るには無理があるとは思った。母と姉は作ろうとしてくれてたけど、俺があそこに居場所を求めてなかったんだよ」 「きっと時間が必要なんだよ」 「俺にはそれが重すぎる」  その言葉に妙な圧を感じた私は何も言い返せなかった。仮にリョウが戻ってくるとなれば誰も反対しないだろう、その証拠に奴の部屋は掃除以外の手は加えてないんだから。私も一年前であれば嫌だと思ってただろうけど、今はそこまでの嫌悪感は無い。 「叔母さんに、話してみたら?」  ここの主は叔母だ、私に決定権は無い。 「そうする、姪に反対されてることは考慮してもらう」 「いえ反対は……」  してないんですがと言おうとしたら、何を思ったかすぐそばまで歩み寄って腕を伸ばしてきた。リョウの指が私の髪に触れ、これまでになく鼓動が早くなる。そのせいだと思うが体は熱を帯び、身動きが取れなくなった。 「何付けてんのかと思ったら……」  その手はほぼ一瞬で離れ、奴は手にしたものを私にも見せてきた。何で鳥の羽根なんか付いてんの? 今日ここまでの出来事を振り返って、玄関の屋根に付いてた蜘蛛の巣をほうきで払ったことを思い出した。だとすれば一体何時間付けてた状態だったんだろう? これはかなり恥ずかしい、どうして誰も気付かなかったんだ? 「今日鏡見なかったのか?」 「顔洗ってからは見てない」 「もうちょっと気にしろよ、一応年頃の女なんだからさ」  失礼な話だ、これでも以前よりは気にするようになっているんだから。 「持ち腐れんのも大概にしろ、絹糸みたいな髪の毛が台無しじゃねぇか」  リョウはそう言い残して台所を出て行った。 ─完─
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