この世に、二人だけ

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 カップにコーヒーを注いだ彼は、優子の好み通りにミルクと砂糖を入れ。ゆっくりと、丁寧にかき回した後。カップを右手に持ち、スープと同じように優しく息を吹きかけ、優子の口元に近づけた。 「これも熱いですから。どうぞゆっくり……」  今度は、優子からは顔を近づけず。彼が注意深く、カップのふちを優子の口元へと傾けた。唇に一瞬熱さが伝わり、そして更に熱い液体が口の中を満たす。それを確かめた後、彼はカップを口元から離した。優子が再び指示をするまで、それから優子がコーヒーを飲み干すまで。彼はこのままカップを持ち続けなければならない。それが、彼の「義務」なのだ。彼がしなければならない、して当然の事なのだ……!  毎日三度の食事を運んできて、それを優子に与える。優子が食事に満ち足りて、彼に下がっていいと命じるまで。甘い態度を見せれば、おそらく彼はすぐにつけあがるだろう。そんなことはあってはならない。それだけは許せない。なぜなら、彼には私に、があるのだから。  一人では食事をすることも、いえ、このイスから立ち上がる事も、動く事さえ出来ない。両の手足を切断され、ただこうしてイスに座っているだけの存在である私に。彼は尽くして、尽くし続けて当然なのだから。そして、その彼に、私が気を許すわけにはいかない。この先何があろうと、憎み続けて当然なのだから……!
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