この世に、二人だけ

5/15
前へ
/15ページ
次へ
 彼とこんな生活を始めて、もう何週間になるのだろう……いえ、これが「生活」と呼べるものであればの話であるけれど。優子は考えていた。  彼は毎日三食、きちんと食事を運んでくる。最初は口に合わないものばかりか、食べてもかまわないものまでわざと吐き出していたけれど。でも、彼は辛抱強く、食事を作り続けた。これが日常となり、毎日欠かさず続いていると、次第に気持ちがほだされそうになるから不思議なものだ。  もちろんこんな体でも生きていて、しかも食事をしているのだから、当然排泄行為もあり。その度に屈辱的な、恥辱的な想いが蘇るのだが。そんな時も、彼はびっくりするくらい「紳士的」だった。逆に、このイスに座っている事以外、何も出来ない優子にとって。彼のこの部屋への訪問は、日々の生活の中で、唯一の刺激とも言えた。だけど、そんな事は理由にならない。私は、彼を憎み続ける。何があろうと。私をこんな体にした、彼のことを……!    そして今日も、いつものように食事が終わり。やがて夜がやって来た。  コン、コン……  再び、ノックの音が響く。優子はため息を一つつき、目を閉じた。これから始まる事への、心構えをするために。 「失礼します……」  相変わらず礼儀正しく、「彼」が部屋に入ってきた。そしていつものように優子に一礼をすると、これ以上出来ないのではないかというくらいの優しげな笑顔を作り、優子に語りかけた。 「それではそろそろ、お休みになる時間でございます」  ……来た。それは毎日の事であるのに、どうしても意識過剰に身構えてしまう自分に、優子は気づいていた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加