この世に、二人だけ

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 半分ほど開けられた部屋の窓から、レースのカーテンを揺らし、心地よい朝の風が入り込んでくる。風は部屋の外のかぐわしい香りを乗せ、優子の鼻先をかすめていった。以前は、こんなことを感じたりはしなかったのだけど……。  優子は窓の外の風景に目をやった。人里離れたこの山荘の外には、まだ生まれたままの自然が生き残っている。そんな中に囲まれていると、自分もその一部になったような気がする。もう随分と長い事、ここにいるのね……。優子は漠然と、そんなことを考えていた。すると。  コン、コン、コン……  いつものように、ややためらいがちに、優子の部屋のドアをノックする音が響いた。優子はテーブルの傍らにあるイスに座ったまま、これもいつもの如く、部屋の中でただ沈黙を守っていた。 「失礼します……」  ノックから一呼吸置いて、「彼」が入ってきた。返事をしなかった優子の機嫌を伺うように、少しだけ上目遣いで。ゆっくりと丁寧にドアを閉めた後、彼はあらためて優子に軽く一礼をした。その手の上には、食事を乗せた銀の丸いトレイがあった。 「お食事をお持ちしました……」  そんな事は、言わずとも見ればわかるのだが。しかし優子は、あえてそれを口にしなかった。言葉に出すことにより、彼に自分とのコミニュケーションのきっかけを与えてしまうと思ったのだ。
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