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 この教会が下町につくられたのは、高度経済成長の最中であった。周囲には町工場がいくつもあって、煤煙に空気は汚れ、低賃金と重労働に喘ぐ人々の心は荒みきっていた。  初代の牧師として赴任して来たのが、現在の牧師の父である。まだ若く、独身だった彼は、こうした場所にこそ神の福音が必要だと信念に燃えていた。当初は工場街の男たちではなく、彼らが慰安を求めて集まる飲み屋街で働く、いまで言えばシングル・マザーの女性たちが、孤独と不安に駆られて扉を叩いた。やがて工場で働く男たちやその家族も、少しずつ集まるようになり、小さいながら活気に溢れた教会に育っていった。  時は流れ、バブルが崩壊し、不況の波が押し寄せた頃。  ある朝、教会の前に赤子が一人、捨てられていた。周辺の工場が次々と倒産し、飲み屋も潰れていく中で、とても育てられないと観念した若い母親が、教会に望みを託したのだろう。父はその男の子を養子にした。後の、牧師である。教会に通う女性信徒たちはこぞって彼を可愛がり、コミュニティーの温かい雰囲気にくるまれて子どもは育った。  日曜に父が行うミサは、幼い頃から彼の憧れだった。力強い説教は、常に信徒たちを感動させ、十字架の上のキリストでさえ微笑むと評判だった。教団の偉い人が、わざわざ聞きに来たこともある。  いつか、父のように、この説教壇に立つのだ。そして、ミサを開き、素晴らしい説教をするのだ。それが彼の夢になった。  神学校に進んで、順調に牧師となり、まず地方の教会に赴任した。だが、ほどなくして父が不慮の事故に遭い、天に召されてしまった。彼は教団に希望して、父の後任となり、生まれた場所へ帰って来た。  彼の説教は地方の教会でも高い評価を得ていたが、懐かしい故郷でのそれは一層凄味を増して、信徒に熱狂的に迎えられた。  古くからの信徒ばかりではなく、日曜ごとのミサで新しい信徒も続々と増え、やがて世話する者がいて、妻を迎えた。  こうして教会の発展に尽くす充実した日々を送っていたのだが……
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