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 十字架の前に額づいていた牧師は、疲労の滲む吐息をついて、折り曲げていた膝を伸ばした。  立ち上がると、夢遊病者のようにふらふらと説教壇に近づく。段を昇り、さっきまで祈っていた十字架のキリストに背を向けた。そして壇上に置かれた聖書に手を置いて、眼を閉じ、深呼吸をひとつ。波立つ心を鎮めると、眼を開けて、信徒席を見下ろした。  誰もいない。  日曜の朝だというのに、そこにはただ一人の信徒もいなかった。  この教会が人々の信仰を失って、日曜のミサに誰も来なくなった、という訳ではない。  牧師自身が、ミサを中止すると信徒たちに告げたのである。  暫く教会には来ないように、と。  だからそこに誰もいないのは当然なのだが、それでも彼は深いため息をついてしまう。  すべてはウイルスのせいであった。  密集することが集団感染の原因とされ、ライブハウス、劇場、クラブは言うに及ばず、大人数の会議に至るまで自粛を余儀なくされ、教会のミサもまた例外ではなかった。ことに、隣の国の教会で集団感染が起きて、社会的非難を浴びた影響は大きい。教会が所属する教団は、一切の集会を当面の間自粛すると決定した。結婚式も、葬式も、そして日曜のミサも。
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