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落ちている携帯を拾ってもらって、さっき途中だったメールを順平に送信すればいい。そんな考えは浮かんで来なかった。ただ、優哉を引き止めたかった。
振り返った優哉は、いつものように不敵に微笑んでいた。嬉々としている。
来たときと同じようにゆっくりと階段を下りて来ると、俺のそばに膝をつく。
「初めからそうやって素直にお願いすればよかったのに」
そう言って微笑む優哉はいつもと変わらない。さっき一瞬見た翳りのある表情はなんだったんだろう。
「ほら、おいで」
そう言って俺を抱き寄せると、踊り場の壁にもたれる。この人にはこういう場所は不似合いだ。この人はいつも装飾の施されたソファに座ってティーカップで紅茶とか飲んでる人だ。そういう奴が、角に綿埃のあるような小汚い階段の踊り場に座り込んでいる。
人肌が恋しくて、俺はその胸に頬を擦りつけた。
「修一。ほんとに薬の力ってすごいよね」
「優哉、連れて帰って」
「まだだめ」
そう言いながら優哉は俺のエプロンのひもを解く。
「えっ……あ、なにすん、んんっ」
優哉は俺を後ろから抱くように抱え直すと、ベルトのバックルを外してさっとズボンの中に手を入れて来た。突然の強い快感に思わず声を漏らす。
「はうっ、んっ、」
「かわいい声出すね」
優哉が耳元で囁くと、さらにぞくぞくと快感が突き抜けた。
「ねえ修一、触ってもいい?」
「もう、触ってんじゃ、ん」
「そうだけど、ねえ、いい?」
優哉は執拗に訪ねる。俺の中心をゆるゆると触る誘いに、俺は屈服した。
「ん、」
「ちゃんと言って」
「優哉、触って」
「分かった。本当はかわいい顔を見たいとこだけど、後のお楽しみにしよう。さ、汚れるからね。」
そう言うと、優哉は俺のズボンとボクサーパンツを脱がせる。俺は協力するような力を持ち合わせていなかったから、ただ優哉の背中に体を預けてだらんとしていただけだ。それでも馬鹿力の優哉は難なくそれをこなした。
「こんなにも我慢して、馬鹿だね。もう我慢しなくていいよ」
「優哉、早く」
口からせがむような声が勝手に飛び出して行く。もう、我慢しなくていいんだ。
優哉は一定の速度で俺の昂ぶりを擦る。くちゅくちゅと卑猥な音が響く。
「あっ、あんっはんっ」
「修一、かわいいけど、そんなにも大きな声出しちゃ誰か来るかもしれないよ?」
耳元で囁く優哉。
「我慢、できな、んんっあ」
俺はなんとか声を堪えようと、俺のシャツの中をまさぐっている優哉の腕を握りしめた。
「気持ちいい?」
「ん、んあっん、優哉、キス」
俺は無理矢理優哉の方へ首を捻ってキスをせがむ。すぐにその望みは叶えられた。
その瞬間、俺は登りつめて、優哉の手で果てた。
「……ごめん、汚れた」
俺がそう言うと、優哉はふふっと笑う。
「しおらしい修一もかわいいね」
「うるさい」
一度放って少し冷静さを取り戻した俺は、気恥ずかしくて憎まれ口を叩いた。それでもまだ体に力が戻らなくて、体は優哉の背中に預けたままだ。
「気にしなくていいよ」
優哉は副会長らしい完璧な微笑みを返すと、おもむろにポケットからハンカチを出した。きちんとアイロンのかかった、バーバリーチェックのハンカチ。気にする様子もなく、それで自分の手と俺の中心を綺麗に拭う。
「さあ、部屋に帰ろうか」
そう言うと階段を下りた角にあったゴミ箱にそれを放り投げる。ナイスシュートだ。
***
誰かを抱き上げたことはあっても、誰かに抱き上げられた記憶なんて、ない。
優哉に抱き上げられて夕暮れの庭園を、寮に向かって行く。こんなやつ、嫌いなのに。
「重くないの?」
「ふふっ、重いよ」
そう言って笑う優哉、余裕そうなとこが怖い。俺と体重変わんないと思うんだけど。
ときどきすれ違う生徒が、ぎょっとした顔してて、俺は恥ずかしくて顔が見えないように優哉の首筋に顔を埋めた。そりゃそうだよな。
あの副会長が、男を抱いて歩いてんだ。それも、いつも一緒にいるようなかわいこちゃんじゃなくって、ただのでかい男を、だ。
いつもだったらとっくに暴れて降りてるに決まってるけど。残念ながら、体に力が入んなくて歩けなかったのだ。
「修一、ああいう薬はね、さっさと処理しちゃわないとよけいに効果を増すんだよ」
「うん」
「粘膜から血管に入って、全身を巡って行くんだ。キスなんて、最高の摂取の仕方だと思うよ」
「う…ん、馬鹿だった」
「そうだね、どうしてすぐに誰か呼ばなかったの? 来てくれる子、いるでしょ」
「ん……」
優哉の疑問はごもっともだ。
「そういうの、もうやめるんだ」
たん、たん、っと一定のリズムで上下するのが心地よくて、俺はなぜか聞かれたことに素直に答えていた。
「どうして?」
「さあ。優哉には分からないと思うよ」
「そう?」
「うん。なあ、なんで来てくれたの?」
「もちろん、楽しそうだから」
そう言って微笑む優哉。きっと、この人に俺の気持ちを話したって、笑われるだけだよな。誰かのことを本気で好きになりたいから、一度クリアにしたかった、だなんて。
そう決意した端からこの人にさんざん遊ばれてる訳だし。
エレベーターに乗り込む。優哉が黙ったから、俺は少し目を閉じていた。
この温かさのせいだ。
治まったと思っていたのに、またふつふつと熱が沸いてくる。
「さあ、着いたよ」
「ありがと」
……はて? ここはどこ?
俺は見慣れたドアを想像して目を開いた。けれど、優哉が慣れた手つきで鍵を解除して入ったドアには、初めて見る金色の竜の飾りがあった。
気のせいだと思いたい。
ぽすっと落とされたふっかふかのベッド。俺がいつも寝てるのよりでっかい。
「ここ、どこ?」
「部屋」
「俺のじゃない」
「うん、違うね」
優哉がそばに座ると、ベッドが沈んで、そんな振動ですら体に響く。
「んっ……」
「まだ終わりじゃないよ。さっきのは応急処置」
そう言って笑う顔に、ぞくぞくする。まるで、期待してるみたいに。
「いいよ、もう声我慢しなくても」
俺の首に齧り付きながら甘く囁く。抱きしめようと肩を握りしめた手を、まとめてベッドに縫い止められる。
「んっ、あ、ああ」
あっというまに裸に剥かれ、満足げに微笑む優哉にみつめられながら、何度も達した。
何度放っても熱は治まらない。
「ほんとにやらしいね、修一は」
「く、すりのせい、だ、」
「そうかな? もう切れてもいいはずなのにね」
そうやって優哉に笑われると、どうしようもなく情けなくなる。また泣きそうだ。
「しばらく誰とも寝てないんだもんね、だからじゃないの?」
俺を喘がせておきながら、まるでたんなる日常会話でもしているかのように、いつも通りの優哉。
「優哉、触りたい」
俺は見てみたいと思った。完璧に作られた微笑みじゃなくって、生身の優哉を。
「ふふっ、今日はあまえんぼだね。でも、それはまた今度ね…こっちは、どうかな」
「やっ、だ、め、」
突然優哉の指がくるっと窄まりを撫でて、びくんと体が跳ねた。
「大丈夫、最後までしたりしないから」
「で、も」
「前もちゃんと約束守ったでしょ」
執拗に指先で窄まりを撫でながら、優哉は俺の頬や耳に口づけを落とす。俺が放った白濁をくぼみに塗りつけている。なにをするつもりなのかは分かってる。
「もっと気持ちよくしてあげる」
「うっ、あ、やだ抜いてっんんっ」
指が一本入って来たのを感じる。初めての感覚に戸惑って、止めて欲しいと思う。
「初めてだから、きついね」
俺の耳を甘噛みしながら囁く。嫌な感じの違和感が、だんだんと違うものに変わって行く。認めたくない。
「んっ、ああっ、はんっ」
「ここだね、ほら、また勃っちゃったね。修一やっぱりここ好きなんじゃないの?」
「ち、がうっんんっ」
優哉はある一点をなんども引っ掻いて、突く。
頭が真っ白になった。もう俺は抗うのをやめて、ただその快楽に身を任せる。
「後ろだけでいっちゃったね、ぜんぜん触ってなかったのに」
「うっせえ」
「だから言ったでしょ、修一はやらしい子だって」
「うぐ……」
ぐったりとベッドに横たわったまま、俺はいたたまれなくて枕に顔を押しつけた。
どうやら、熱は治まったみたいだ。
正直、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。どうしたらいいんだ。
それに、こいつがそんなことを察してくれるはずもなく。
「まさかこんなに何度も修一のイク顔見れるなんて思ってなかったから、得したなあ」
「馬鹿」
「ねえ修一、さっきから先輩に向かって馬鹿とかうるさいとか、お仕置きする?」
俺はびくっとして、思わず枕から顔を挙げた。
ぶるぶると顔をふる。
「冗談だよ」
そう言って笑うと、俺の頭をくしゃっと撫でる。その顔が妙に嬉しそうで。思わずじっとみつめてしまう。
「どうしたの? 僕のこと好きになっちゃった?」
いや、こいつの今の笑顔って、俺が逝った顔見れてすげえ嬉しいっていう、変態の喜びを表した顔なんだよな。
「ありえない」
そう呟くと、またばふっと枕に顔を伏せた。
ちょっとでも見入ってしまったことを悔しく思う。いや、俺は悪くない、だってこいつの顔は誰が見たって美しいって認める顔なんだから。
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