優哉

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優哉

「ねえシュウ、僕はどんなふうにシュウが決めても応援するから。だから、シュウは素直にならなくちゃ」  希は時々痛いとこをずばりと突いてくる。たしか前にも順平に同じようなこと言ってたっけ。  きっと、これが希なんだ。この哲学で希は出来てる。だから、こんなにも愛される要素を持って成長したんだろう。この学園には金持ちなだけにひねた性格の奴や妙に立ち回りの上手い奴が多いから。希は、いや、山田兄弟は異色だと言えるだろう。  だから、まるで次元が違うような場所で崇められていた生徒会長と寮長をあっと言う間に虜にしてしまった。 「って、偉そうに言えるほど経験なんてないけど」  そう言って希ははにかむように笑う。 「いや、希はすごいよ」  俺は、自分は希みたいには慣れないってずっと思ってきた。本人は恋愛の初心者だって言うけど。俺は結構尊敬してたりもする。これは順平にも言えることだけど。 「誰かを…久慈先輩をさ、ちゃんと大切にして、幸せにしてるじゃん。それって、すごいことだと思うんだ。たくさん体を重ねたって、なんも偉くないよ」 「僕が、珠希に幸せにしてもらってるんだよ?」  希は、あたりまえのようにそう言う。 「いつだって、素直が一番なんだ。そしたら、きっと受け止めてくれる」  その希の強い言葉は、俺の胸に響いた。  そうなのかな……。  さっきからずっと気になっていた。いつものように優哉に憎まれ口を叩いた。その後あいつはD組の子と飯を食ってて。わざとなのかどうかは分からないけど、俺と目が合うような位置に座っていた。なんども目が合うのが嫌で、あからさまに嫌悪感を表してやった。  そんなのいつものことだし。  けど、なんかあいつはいつもと様子が違った。いつもなら、不敵な笑みを返して来ておもしろがるような顔をするくせに。  順平たちが引き上げるよりもずいぶん前に、青ざめた顔で口元を押さえながらVIPルームへ引き上げて行った。  それがなぜか妙に引っかかってて。  そういえばさっき嫌がらせみたいに頬を撫でられた時に熱かった手とかを急に思い出した。  この気持ちがなんなのかは分からない。でも、今はただ気持ちに従って行動してみようと思う。  そこから、なにかが始まるかもしれない。 「希、先部屋戻って。俺ちょっと用思い出した」  部屋へ戻る途中に、俺はそう言って、食堂へ引き返した。 *** 「オレだけど。修一」 『ああ、修一。悪いけど、今忙しいんだ…』  食堂で氷をたくさんもらって、今俺は特別階のインターフォンを鳴らしていた。  前に希が言ってた。動物をかたどられた金色のレリーフがボタンになってるって。  この前は、なぜか流れで優哉の部屋に連れて行かれたけど、それより前にも後にも、一般人の俺は部屋に入るどころか、3年生の階を抜けたこのエレベーターの前に立ったことも無かった。自分でも思い切った行動に出たとは思うけど。  優哉の不審がるような声も納得だ。  でも、今日は自分の直感を信じて行動するって決めたんだ。  優哉の具合が悪いなんて言うのは思い過ごしで、実は子猫ちゃんとお楽しみ中だったりして、なんていう考えも掠めたけど。 「寝てろ」  かなり強引なやり方で無理矢理部屋へ突入することに成功した俺は、優哉の顔を見て確信した。やっぱ風邪ひいてんじゃん。頬を火照らせて、なんだかぼうっとしているみたいだ。 「…何?」 「氷、食堂からもらってきた」 「え? 悪いけど、今はそんなプレイする気分じゃないんだ。もったいないけど…」 「バカか! 寝てろっつってんだろ」  心配になって来たはずだったのに、口からはそんな優しくない言葉しか出て行かない。  だめじゃん。 「気づかないとでも思ったのか? そんな具合悪そうな顔で出てって。おとなしく言うこと聞けよ」 「…いや、僕どちらかと言うとSだし…」 「今はアンタの冗談に付き合ってる暇ないんだよ」  ちょっと足下とかふらついてるし、余裕なんてほんとは無いくせに、未だに冗談でかわそうとする優哉。こんな時だって俺にはほんとの姿を見せないんだ。  なんだかむかついて、ベッドルームに押し戻すと、乱暴に押し倒した。いつもは馬鹿力でびくともしないはずの優哉が、簡単によろよろとベッドに倒れ込んだ。 「いい加減その口閉じないと、ケツから座薬突っ込むぞ!」  俺ははあっ、とため息をついた。  せっかく希の言葉で気持ちを入れ替えたはずだったのに、こんな態度とられたら、対抗したくなっちゃうじゃん?  優哉の頭の下に氷枕をしいて、ベッドのそばにあった椅子に座った。 「…僕、弱ってる姿なんて人に見せたくないんだけど」  恨めしげに俺を見上げて呟く優哉。ほんとかわいげないよな、この人。 「だろうな。いい気味だよ。これで借りは返したからな。こないだの、薬の…」 「ああ、あの時の修一はほんとにかわ…」  俺は咄嗟に優哉の口を手のひらで覆った。こんな時くらい、優位に立たせてやるか。 「アンタ、今自分がどんな状況かわかってんのか。わかったよ、今の姿は忘れてやるから、それでチャラだからな。それに、そんな弱ってるアンタなんて気持ち悪いから、さっさと寝て元に戻れよ」  やっぱり素直になんてなれない俺に、相変わらずの優哉。それがもどかしくて、そばを離れようとした。 「修一…」 「何、まだ何か言うことあんの?」 「手…あと、名前」  優哉は弱々しい声でそう言うと、俺の方に手を伸ばしてきた。  熱のせいで潤んだ瞳にみつめられて、胸がどきんっと鳴った。 「あ?…なんだよ。調子狂うだろ…」  違う、そんなことが言いたいんじゃないんだ。 「優哉、ここにいるから大丈夫だ」  俺はそう言ってその手を包んだ。初めて、触れさせてくれたような気がした。  優哉は少し微笑むと、目を閉じてすぐに寝息を立てだした。  影を落とす濃いまつげ、熱のせいで少しピンクになった頬にいつもよりも赤い唇。熱で苦しんでいても、その美しさは健在だ。  俺は、気が済むまでその寝顔をみつめていた。  ずっと避けてたことを、気が済むまで考えてみようと思った。  俺は優哉のことをどう思っているんだろう? 一体この人に何を求めているんだろう?  優哉はときどき眉間にしわを寄せて、俺の手をきゅっと握る。なにか悪い夢でも見ているんだろうか?  優哉の頭を撫でる。黒くてさらさらの髪は、全く傷みもなくて見た目よりも柔らかで触り心地がいい。  俺が薬を飲んでしまった時に、誰か呼んで処理してもらえばよかったのに、って言ったくせに。自分も一緒じゃん。きっとこいつの看病なら喜んでする奴が何十人もいるはずだ。  でも俺には分かる。  きっと、誰を呼べばいいのか分からなかったんだ。もしくは誰も呼びたくなかったんだ。  ひとしきりその寝顔をみつめた後、俺は管理人さんに解熱剤をもらいに行った。悪いかと思ったけど、テーブルの上に優哉のカードキーがあったから、それを使ってスムーズに出入り出来た。  戻ってもまだ優哉はぐっすりと眠っていた。さっき俺が離した時のまま投げ出されている手を、もう一度握った。  俺は歩きながら答えを出した。  この気持ちが何なのか、今はわからなくてもいい。ただ、これだけは分かる。  俺は、優哉の心に触れたいんだ。ただの興味なのか、恋なのかは分からない。ただこの人をもっと知りたい。もっと、触れさせてほしい。 「…あ、起きた? 熱下がった?」 「修一、ありがとう。でも風邪うつるから、もういいよ」  目が覚めて開口一番、優哉はやっぱりかわいげのないことを言う。額に手を当てると、まだ熱かった。  目が合うとなんだか恥ずかしくなって、俺は手を離した。 「…下がってないじゃん。解熱剤もらってきたから、飲むか」  水を取りに行こうと立ち上がると、突然優哉が俺の手を掴んで来た。俺は驚いて振り返る。掴んだ本人も驚いたような顔をしていた。 「すぐ戻るって」  俺はなんだか嬉しくなって笑った。 「体、起こせる?」 「うん…あ、いたっ」  顔をしかめる優哉の背中を抱いて、起こしてやる。 「大丈夫?」 「平気。口移しがいいなぁ」 「さっき風邪うつるとかしおらしいこと言ったとこだろ」  眠って少し楽になったのか、減らず口も復活してしまったらしい。俺は水の入ったグラスを手渡した。 「ありがとう。もう、ほんと大丈夫だから」  この期に及んでまだ冗談と減らず口で交わそうとする優哉。ふと、きっとこれがこの人の防衛策なんだろうと思った。あたりまえになりすぎて、本人も自然とそうしてるんだろうけど。 「大丈夫ってツラかよ。いい加減にしろよ、いつもオレばっか変なとこ見られて…借り作りたくないだけだ、おとなしくしてろよ」  優哉の気が済むなら、と俺は辛辣な言葉で軽口を叩いた。 「ああ、ごめんね。修一。僕ってうざい人間だよね」  突然、しゅんとうなだれて目線を外す優哉。 「は? 何、熱で脳みそおかしくなったのか?」 「いや、いいんだ、僕ってほんとつまらない人間だし」 「ちょ、ちょっと…優哉?」 「名前、」  そう言うと、なんだかはにかんだように笑う。  なに? 突然すっごいかわいいんだけど。 「…何笑ってんだよ」 「ん、多分これ僕の普通の顔だと思う」 「あ、そう。もう、ほんと気持ち悪いからさっさと寝ろよ。そんなのアンタじゃないよ」 「僕じゃない?」 「そう、優哉はいつも余裕な顔でなんでもこなす、やな男だよ」  新しい優哉を見られて気分がよくなった俺は、そう言って笑った。 ***  優哉が眠ったから、手を離して帰ろうかと思った。  けど、もし目が覚めた時に俺がいなかったら、寂しいとか思うのかな、とか思ったり、弱々しく笑う優哉の顔を思い浮かべたりしていたら、窓の外が白んでいるのに気がついた。  突然はっとして、朝までこのままいた時の状況を考えてみた。  そっと額を触ると、解熱剤が効いて熱はほとんど下がっていた。  きっと朝には優哉は元の完全無欠の副会長様に戻っているんだろう。そうなっていたらきっとなんだか気恥ずかしくて、たまらない気持ちになりそうだ。きっとお互いに。  いや、優哉はそう思っていたとしても、やっぱり完全無欠だからな。  俺1人であたふたするんだろう。  そう結論を出して、俺は自分の部屋に戻った。  結局2時間も眠れなくて、一瞬で朝が来た。  今日も授業あるのに…。  俺は目覚ましが鳴った瞬間から、今日一日授業中は寝て過ごす決意をした。
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