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気持ちの変化
『修一、今なにしてるの?』
「今? 別になんにもしてなかったよ、優哉は?」
『…ああ、ちょうど仕事が一段落した所』
「そう。忙しいの?」
『そうだね、ハロウィン直前だから』
「そう。無理してまた倒れんなよ?」
『ああ、うん、じゃあまた』
「うん、またな」
切った携帯をじっとみつめる。これでいいんだ。まだ慣れないけど。
俺は、ひとつの結論を出した。
自分でもなんでって思うけど、どうやら俺は優哉のことをほんとに好きになってしまったらしい。優哉が寝込んでた時、普段なら絶対に誰にもあんなおせっかいはしない。ましてや、本人が望んでもいないのに押しかけて世話を焼くなんて、あんなの俺じゃない。
でも、そうせずにいられなかったのは、ただ優哉のことが愛しかったからだ。
それに気がついたのは、大きな収穫だった。
だって、ずっとなにか物足りないと思ってた。希や順平の恋を目の当たりにして、ようやくその理由も分かった。だからって、手近な誰かを好きになることも出来なかった。
その相手が、まさかあのくせ者の春日優哉だっていうのは、自分でもどうかと思うけど。
それでも好きになったものはしょうがないし。
だから、俺は希を見習うことにした。
『いつだって、素直が一番なんだ。そしたら、きっと受け止めてくれる』
そう言った希の言葉が胸に刺さった。本当にそうだと思う。
ただ、あの優哉が受け止めてくれるかは疑問だけど、それでもまっすぐにぶつかるしかないと思う。冗談と笑顔、人当たりの良さでなにもかもを交わして来たのは俺も同じだ。
それに優哉は俺よりも一枚も二枚も上手だ。その優哉に同じようなやり方で接した所で、同じように交わされてしまうに決まってる。
だから、俺はまっすぐに行く。
俺はそう気がついてから今までの態度を改めた。
もう優哉に会っても嫌な顔はしない、電話がかかって来ても友達に話すように、いや、優哉の声が聞けて嬉しいっていう思いを、自分で認めることにした。だから、もしかしたら俺の声はいつもよりも甘えてるかもしれない。優哉は相変わらずだから、どう思っているのかは分からない。
ただ、明らかに戸惑っているようだ。
俺が嫌がっている時は無理矢理にでも接触しようとしてきたくせに。俺が素直な態度を取るのは予想外だったんだろう。
興味を失われるのは時間の問題なのかもしれない。
そう思うと胸が無視できない程に、ずきりと痛んだ。
今救いになっているのは、まだ優哉が常に接触を試みようとしてくれることだ。毎日とはいかないまでも、まだコンスタントに遭遇できている。電話は一日に2回、夕方と寝る前にある。
優哉はなんでもパターンにして管理するのが好きそうだから、日課にしているのか、それとも偶然なのかは分からないけど。
それでも、ただ興味を持ってもらい続ける為に、今までと同じ態度を取ったりはしない。
もしもこの恋が砕けたとしても、後悔しないように。ただまっすぐに行く。
それでもまだ、この思いをそのまま優哉に口にすることは出来ないけど。
「修一、またあそこにさぼりに行くの?」
午後の授業をさぼろうと人気のない廊下を歩いていると、突然優哉が出てきた。
そういや、前もこうやって遭遇したことがあったな。
「ああ、優哉」
今日も会えたな。なんて思うと、口元が緩んでしまう。でも、俺はもうそれを隠したりしない。
「どうしたの? なんか楽しそうだね。僕に会えて嬉しいの?」
「よく分かってんじゃん」
そう言って俺は微笑んだ。
「……どうしたの?」
怪訝そうな顔で俺を見る優哉。まあ、そりゃそうだよな。つい数日前まで馬鹿とかなんとか連呼してたもんな、俺。
「じゃあ、いいことしようか」
そう言って俺を壁に押しつけると、ずいっと顔を寄せてくる。
俺はその優哉を制した。
「ごめん優哉。俺、優哉とはもうそういうことしないから」
「へ?」
微笑みながらそう言う俺に、優哉は一瞬目を見開いた。
だって、気持ちに気づいてしまったら、もう軽い気持ちで体を重ねたり、それどころかキスだってしたくない。
次にキスする時は、優哉が俺を好きになった時だ。
そんなこと…あるのかどうか、は今は考えない。
「修一に決定権はないよ」
そう言って意地悪く笑う優哉。
「そうかな? そんなことないよ」
そう言って笑うと、俺は優哉の頬をかすめるようにそっとキスした。
「えっ」
驚いた優哉の腕をすり抜けて、俺は階段を上る。
「じゃあな、優哉」
振り返った俺は、優哉に軽く手を挙げた。
優哉はただ呆然と、俺を見上げていた。
なんだか嬉しくなって、階段をとんとんっと駆け上がった。
***
『修一、明日待ってるよ』
優哉がくくっと笑う声が耳に響く。そんなこと、言うなよ。本心では思ってもないくせに。
「え? なんで待ってるの?」
『来てくれないの?』
「さあ、どうだろ。優哉の所にならたくさん来る奴がいるだろ? 俺邪魔じゃん」
なんて女々しい発言なんだと自分でも思う。こんなことを言って、俺だけは特別だって言ってもらえるのをまるで待っているようだ。
『修一ならいつでも歓迎だよ。僕の部屋に来るなら、いくらでも気持ちよくしてあげるよ』
「結局それかよ」
そう言って軽口で返す。優哉との毎晩の電話。
優哉は気がついているんだろうか? 俺が毎日この時間を楽しみに待っているって。11時頃になるとそわそわして、携帯を開いたり閉じたり何度もして、なにも手につかなくなるっていうことを。
俺は目線の先にある、小さな小さなカボチャで作ったランタンを指先でつつく。
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