悪い子にはお仕置き

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悪い子にはお仕置き

「やだ!」  カプチーノマシーンのそばで、順平と話していると、カーテンで仕切ったバックルームの方から、声が聞こえた。希ッ?  俺たちは顔を見合わせて、すぐにカーテンの中に入った。すぐ近くにいた原も一緒に来た。  中に入ると目に飛び込んで来たのは、背中を晴海の体に預けるようにして、ぐったりとしている希だった。泣いてる。着ぐるみの中に着ているランニングが少し捲れ上がって、へそが見えている。慌てて整えたんだろう。 「希くんがねっ、暑くて倒れちゃったんだ、」  晴海が動揺しているのは、明らかだった。そんなので俺を騙しきろうっていうの? はるちゃん。 「順平、すぐ久慈先輩呼んで」  俺が言うと、順平は希のそばに転がっていた携帯を掴んだ。 「希、借りるぞ」  順平はすぐにカーテンを出て行く。 「で? どういうことなの、はるちゃん」 「だから、」 「そんな嘘、俺に通じると思ってる? おしおきするよ? ほら、希大丈夫か?」  希を晴海から引き離して抱き挙げると、そばにあった椅子に座らせる。 「へ、んなんだ、体が、」 「うん、わかってる、つらいな。大丈夫、すぐ久慈先輩来るから」  汗で額に張り付いた前髪をかき分けて、撫でる。希は少し安心したように頷いた。 「ん、ありがと」  希の様子を確認すると、晴海に向き直った。  こいつ、どうしてやろう?  晴海のことは、嫌いじゃあない。確かにかわいいけど、かわいいっていうことを自覚していて、それの利用法だってちゃんと知ってる。希や歩、それから実のかわいさとも違う。  そういうふうに自分を分かって行動する子のことを、悪く思ったりはしてない。実際、俺によって来る子猫ちゃんたちだって、みんなそう子たちだ。  でも、晴海はもっとしたたかだし、はっきり言って興味を持ったことはなかった。  最近やたらと希にくっつきたがるとは思ってたけど、まさか希狙いだったなんて、俺の勘も落ちぶれたもんだ。  とにかく。大切な友達を傷つけるのだけは許せない。  希がなにか薬を飲まされたのは明らかだ。  付近に怪しい物がないか、目を走らせる……ああ、あれか。  俺だってそういうのを全く知らない訳じゃない。  使ったことはある。でも、それは誰かを陥れる為じゃなくて、同意の上でのお遊びだった。薬を盛るなんて、犯罪じゃないの? はるちゃん 「何言ってんの? 僕なんにも」 「ふうん、そう」  俺はじりじりと晴海に近寄ると、にっこり笑った。  こいつを殴り飛ばしても、かわいい顔に痣とかできちゃったら後で落ち込むのは俺だし、そういうのは好きじゃない。それに希にシュウって野蛮だったんだ、とか思われるのもやだしさあ。  こういういたずらはどうだろう?  俺は自分の思いつきに満足すると、晴海のそばに転がっていた箱から小さなチョコレートを取って、口に含んだ。  そして未だ呆然として俺を見上げていた晴海の口をすぐに塞いだ。 「舟木ッ!!?」  背中に原の悲痛な声が聞こえて、ああ、まずったと思ったけどもう遅い。  俺の胸を突き放そうとする晴海の両腕を掴むと、その開いた唇から舌とチョコを送り込む。そして、それが溶けてなくなるまで、味わいつくした。  最近、子猫ちゃんたちともごぶさただったから、少々張り切ってしまった。  それにはるちゃんがなんかちょっとえっちな声とか漏らすからさ。  満足してぱっと晴海の手首を離すと、にっこり笑ってみせた。 「なにすんだよっ」 「はは、自業自得だ、ごめんな原。じゃあとはまかせる」  いやまじで、原には悪いと思う。原はずっと晴海に報われない片思いをしてるんだから。  もう一度様子を見ようと、晴海から離れて希のそばに座った時、久慈先輩が駆け込んで来た。 「希ッ大丈夫かッ!?」 「希もうちょっとだけ我慢してて。久慈先輩、ちょっと」  俺はカーテンの外に久慈先輩を連れ出すと、薬のことをざっと説明した。先輩の目が色を失っていくのを見た。いや、逆にめらめらと燃えていく、とも言えるかもしれない。 「たまき、早くきて」  カーテンの中に入った瞬間、希の甘い声がそっと響き渡って、その中にいた全員の視線が希に集中した。  俺がさっきやめたことを、先輩がするんじゃないかって頭によぎったけど、先輩はくだらない復讐よりも希を選んだ。 「分かった」 「その子に、ちゃんとおしおきしといて」  希を抱き上げると、久慈先輩はそう言い残してカーテンから出て行った。  床にぺたんと座り込んだまま、浅い息を繰り返す晴海。すでに、お仕置きは始まってる。 「おいっ、希どうしたんだっ?」 「山田君大丈夫なの?」  クラスメイトがただならぬ雰囲気を察して、次々にカーテンの中に入って来た。 「ああ、暑くて貧血になったみたい、久慈先輩が来てくれたから大丈夫だよ」  俺は最後の力を振り絞ってみんなにそう説明した。薬のことは、きっと希だってみんなに知られたくないはずだ。 「順平、俺もちょっとやばいかも」  そっと順平の袖をつまんで、小声で話す。 「えっ? シュウ、大丈夫か?」 「うん、ちょっと張り切りすぎちったよ」 「馬鹿」  俺が晴海にキスしてるところを見ていたんだから、そう言いたくなって当然だよな。  顔を上に向かせていた晴海よりは少量だとはいえ、俺も薬を飲んでしまった。なんで、ここまで考えなかったんだろう。あーまじで俺馬鹿だ。 「いいよ、行けよ。後片付けはみんなにうまく言っとくから」 「まじで感謝する、順平」 「ああ、希の為だろ?」  そう言って笑う順平。ああ、救われるよ、ありがとな。 ***  俺は、教室を出るとよろよろと歩き始めた。  すぐ前に原に抱えられて歩く晴海が見えたから、くるっと背中を向けて逆方向を目指す。  早く寮まで帰ろう。そう思うのに、全身が、特に顔と下半身が熱くてたまらない。歩きにくい上に、廊下も人でごった返していて、なかなか進めない。  でも、このままじゃどうにもならない。  俺は、とにかくトイレに行こうと考える。一度処理すれば、きっと少しは楽になるはずだ。  一番近いトイレ。ああ、この廊下の突き当たりにあったはず。どんどんぼんやりとしてくる頭をなんとかはっきりとさせようと抵抗する。まだだめだ、薬に流されるな。  ふいにポケットで携帯が震えて、その弱い刺激にすら体が過剰に反応する。  誰だよ。  ディスプレイには優哉、と表示されていた。もちろん無視だ。  2学期が始まってからも、それまでと同じように俺はあいつを避け続けていた。ところが、あいつは面白い玩具を簡単に手放す気はないらしい。俺は、きっとあの島だけのことだろうと軽く考えていた。だって、あいつはこっちに帰ってくれば相手に不自由しないんだから。  でも、考えは甘かった。  あいつは神出鬼没だ。忙しいくせに、いつもまるで偶然っていう顔をして俺の前に現れる。  先週は、たまたま移動教室の途中で忘れ物を取りに戻ろうとした廊下で。その前は体育の授業で肘を擦りむいたから、保健室に手当をしてもらおうと向かう途中で。その前はあんまり眠いから、午後の授業をさぼろうとして行った階段の踊り場で。まだ他にもある。  とにかく、なんでこんなとこに? っていう場所で出くわす。  あの踊り場は俺のお気に入りで、使われていない教室や資料室の多い場所だから、滅多に人の通りもないし、それ以前に俺の睡眠を邪魔されたこともなかった。そんな誰も来ないはずの場所だ。  かなりの確率で、無理矢理キスされる。なのにあの大したことない、って顔で微笑まれるとむかついてムキになって。気がつくと夢中でキスしてしまう。あれがきっとあいつの手なんだ、って何度も胸に刻んでるのに、結局は乗せられてしまう自分が情けない。  だいたいはそれであいつが満足して解放してくれるか、もうちょっと体をまさぐられたりする。それでも俺は強情に嫌だっていい続ける。当然だ、あの島での出来事で承諾したらどんなことになるか分かったんだから。  あいつが言った通り、無理矢理するのは趣味じゃない、ってのはどうやら本当らしい。  ただしキスはそこに含まれていないらしいけどな。  とにかく、俺が嫌だと言い切れば、あいつはあっさり引き下がる。  そして残された俺はいつも呆然として、それからトイレに駆け込むか、数式や記号を頭に必死で思い浮かべるはめになる。  ようやくトイレに付いて中に入ると、あろうことか3つある個室が全部埋まっていた。 ひとつずつ乱暴にノックして行く。ひかえめにノックが返って来たり、無視されたり。  なんでこんな時に限って。  いらいらしながら少し待ってはみたものの、中から聞こえてくる物音が変なことに気がついた。ひとりで入ってるんじゃないんだなっ、こいつらっ。  つまり、お楽しみ中ってことだ。まじで勘弁してくれよ、それもお隣さんの声聞いて燃えるってか? くそう。  俺はもうたまらなくなってそこから出た。  だめだ、聞くんじゃなかった、分かってしまってから少し耳を澄まして声を聞いてしまった。よけいに下半身が熱を帯びた気がする。生地の厚いエプロンをしているとはいえ、これはやばい。  俺は予定を変えて、とにかくひとりになれる場所に向かうことにする。  またしつこく携帯が鳴り始めた。無視だ無視。
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