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週末は大抵バイトかサークルの予定がある。そのどちらもない日は家で筋トレをしたり川沿いをランニングするのが常だった。高校で陸上部だった時の名残だ。しかし研究室に配属されてからというもの休息を兼ねて街へ繰り出すことが多い。ミオの世界を広げてくれたのは同じ研究室に配属されたマリナだった。
今の研究室に入るまではマリナと会話をしたことがなかった。たまに講義室で見かけたりはしたが、そのお嬢様然とした服装や振る舞いが自分とは合わないだろうと思われてずっと距離を取っていた。研究室の懇親会で初めてまともに話したとき、思ったとおりその口から発せられたのはコスメやらクレンジングやらといったミオには馴染みのないワードばかり。逆にこちらがカゼインとかホエイとかを言い出すとマリナは不思議そうに小首を傾げた。会話のキャッチボールはお互いに好き勝手投げっ放すばかりでとても上手くいったとは言えないだろう。ただそのおすまし顔の下には彼女なりのこだわりと熱量があるのだと知れたことで次の日から少しずつ話しかけやすくなったのは事実だった。
そのマリナと共に街へ来た。彼女に先導されるがままにブティックを冷やかしデパートでメイクをして貰う。初めての経験ばかりでドギマギするが、目を開くたびにちょっと可愛くなった自分が鏡に映っているのは楽しかった。それを見てマリナも嬉しそうに笑っていた。
気が付けば随分長い時間が過ぎていた。いつものトレーニングとはまた違った疲労感が溜まっている。喫茶店を見つけて中に入った。アールグレイと100%オレンジジュース。マリナはお砂糖の匙を操る手つきまでもが上品だ。
「で、どうします?」
おもむろにマリナは聞いた。
最近、研究室の男子たちが海水浴に行こうと息巻いている。今はまだ内定の出てない人もいるが八月頃には大方が決まる、だから就活の慰労と激励の意味を込めてみんなで海に行こうというのが建前だが、下心は見え見えだ。しかし学生最後の夏休みと考えれば思いっきり遊びたいという気持ちも正直ある。そのときは笑って誤魔化した。
カワイイ水着に出会えれば心が決まるかもしれない、この日街に来たのには一応そういった目的があった。結局は二、三ほど試着しただけに終わってしまった。
「何か踏ん切りがつかないんだよね。どうしよう、やっぱり諦めよっかなぁ」
「諦めるとは、一体何のことでしょうか」
海水浴以外に何があるのかとミオが聞けば、ユウタのことだとマリナが言った。
ユウタへの想いを教えたことは一度もないし、誰にもない。ところがマリナはその恐るべき女性的嗅覚をもってして出会ってひと月も経たないうちに看破した。以来彼女はことあるごとにユウタとの距離が縮まるようにと画策してくれているのだが、勝手に背中を押されるというのは少しお節介とも思われていた。
しかしなぜそこでユウタ名前が出てくるのかが不思議だった。
「逆算して考えて。来年の三月に卒研発表がありますわよね? そこへ向けて発表練習、研究、残りの講義を片付けていきます。それからあとは文化祭。あなたの『筋トレサークル』でも何か出し物があるんでしょう?」
「うん。去年は『発電リレー』っていうのをやった。部員とお客さんで三日間自転車漕ぎ続けてどれだけ電力が溜まるかを見たの」
「年末に近づくにつれてアルバイトだって忙しくなるはず。きっと秋以降はてんてこ舞いになるでしょう。すなわちこの夏が彼にアタックする最後のチャンス、そう考えたって決して過言ではないのですよ」
「でも就職してからでも会えるわけだし……」
「休日遊ぶだけの女と平日苦楽を共にする女。彼はどちらがタイプなのでしょうねぇ」
もっともあなたにだって新たな出会いはありますが、とマリナは言った。
赤い糸を手繰るようにゆっくりと分かり合っていけばいい、それがミオの考えだった。ただの言い訳ではないのかと指摘されれば否定する術はない。恋愛に関しては臆病なのは自覚している。そのせいで中学、高校の苦い経験を積み重ねて来たのだから。
ノンスリーブから伸びる上腕二頭筋に目をやった。悲しみを紛らわすためにどれだけ筋肉をいじめただろう。おかげでずっとたくましくなったが、今はしょぼくれたように萎んでいる。彼との関係が怪しく思われただけでこの有様だ。もはや筋繊維レベルで恋をしている。その行く末を彼の選択一つに委ねるのはなんとも不誠実に思われた。失恋を重ねた分成長せねば筋肉だって浮かばれない。
ミオは両手で頬をはたいた。
「分かった。この夏、彼をオトしてみせる」
力を入れ過ぎてじんじんする。
頑張りましょうねとマリナは笑った。
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