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 その晩、ミオは机に向かって夏までの作戦を練ることにした。A3の画用紙四枚にはそれぞれ五月、六月、七月、八月のカレンダーが表みたいに描かれていて、一日ごとにやるべきことが書き込めるようになっている。トレーニングメニューをまとめるときはいつもこうしていたのだが、どうも今回は筆の進みがすこぶる悪い。一時間以上にらめっこしても各項目には消しゴムの跡しか残っていない。筋力でなく魅力を鍛えるとなるとやはり勝手が違うようだ。  一体何をすればいいだろう、そうつぶやいた時マリナはスキンケアだと即答していた。ミオはすでに充分なプロポーションを持っているから後は顔のニキビを何とかするべき、水着で体への注目が集まるからこそ顔でがっかりさせてはいけない、矢継ぎ早に色々ご教授してはくれたが覚えているのはそれだけだ。呪文の如き専門用語は右から左へと耳の穴を通り抜けた。  およそ女らしい努力をしてこなかったことが今になって悔やまれた。ミオも級友たちのようにバイト代をせっせと化粧品につぎ込んでいたならこんな風に悩むこともなかったのかもしれない。兎にも角にもミオに残されたのは筋肉だけ、しかし自分なりに努力してきた半生を後悔するのは嫌だった。  この自慢の筋肉でユウタをオトすことはできないだろうか。筋力ではなく魅力をもって。  顔のニキビをぽりぽり掻いて考えた。しばらくしてから、ミオはやるべきことを書き始めた。今度は先ほどとは違いどんどんカレンダーが埋まっていく。  考えた末にたどり着いた結論は『凹凸』だった。巨乳といいくびれといい、男というのがとかく体の起伏に魅かれる生き物というのは知っている。少年漫画の漫画家もシルエットだけでキャラクターが分かるように気を付けていると以前テレビでやっていた。となれば筋肉で魅力をアップするのは十分可能に思われた。体のラインを変えるにはどの筋肉をどのように鍛えれば良いか、ミオには簡単な問題だった。  マリナの勧めは無視することになってしまう。しかしシミもニキビも距離や光の加減次第で見えなくなると考えたなら、やっぱりお肌は後回しでも良いように思われた。汗をかいた際には汗拭きシートで入念に拭き取ることで申し訳程度の対策とした。  カレンダーにびっしりと鉛筆の文字が並べられた。こうしてまとめるとさも綿密な計画のように見えるのだが、正直ちゃんと結果に結びつくかはギャンブルだった。ただ、『筋肉は嘘をつかない』という経験則が得体の知れない確信だけはもたらしていた。  きっとこれで大丈夫はず。  祈るようにそう言って画用紙を壁に貼りだした。
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