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 梅雨の晴れ間となった翌日、マリナの勧めで皮膚科を受診することとなった。命の危険があるわけじゃないのに大げさだなと思われたが、文字通り背中を押されて病院へ。おかげで水たまりを踏んづけてミオの靴はぐちょぐちょだ。  医師のカウンセリングによると、幸いなことに重症と言うほどではないようだった。ミオの生活習慣を元にして今後の治療方針を立ててもらう。「普段どんな洗顔料を使っていますか」という問いにボディーソープの品名を言ったら、子供に説明するかの如く丁寧になった。食事制限も筋トレもストレスが溜まらない程度なら続けても良いということで一安心する。塗り薬を処方されて帰宅した。  ところが一つ問題が生じた。マリナがお目付け役をやると言って聞かなかった。 「大丈夫だって。お医者さんの話はちゃんとメモしたから」 「ミオさんは事あるごとに顔のお肌を刺激するクセがあります。また無意識に叩いたり引っ掻いたりしてもすぐ分かるように毎日チェックさせてください」  そう言ってWebカメラとマイクを押し付けられた。  生まれて初めてのリモートワークは朝と夜の毎日二回、洗顔する様子を映すことが義務付けられた。連絡なしにサボろうものならスマートフォンに鬼のように着信が来た。ゴシゴシこすってはいないか、ちゃんと水分は拭き取ったか、寝る前に塗り薬は忘れていないか、マリナの厳しいチェックが入る。とはいえ洗顔以上に雑談や宿題の教え合いばかりなので特に苦も無く続けられた。マリナの楽しそうな様子を見るにチェックというのは口実だったのかもしれない。  教授の言う通り時間は飛ぶように過ぎていった。  その日、朝の洗顔を終えて窓を開ければ見事なまでの快晴だった。セミの声がやかましい。  壁には依然としてカレンダーが貼ってある。鉛筆で書いた筋トレメニュー、その余白にはマリナの美容雑学が青色で、ニキビが消えてきたことが黄色、ユウタと話した内容がピンクのペンで書き加えられて、今ではすっかりカラフルだ。感慨深げに眺めていると、パソコン画面の中のマリナがソワソワしている。 「ちゃんと水着は用意しました? まさかタグがついたままだったりしてませんよね?」 「お母さんみたいなこと言わないでよ。全部カンベキ、日焼け止めだってもう塗ってあるんだから」 「そうですか。では、校門の前で落ち合いましょう」  パソコンを閉じて窓を閉める。静かな部屋で深呼吸して、伸びをして、体中の筋繊維と肌細胞に呼びかける。  よしっ、行くよ!  八月のカレンダーに赤いペンで『勝負!』と書いた。
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