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(此処は俺の部屋…なのに…)
ガチャリ
「おーっす…って…誰それ?」
ガチャリ
「悪い、遅れ……誰だ?」
だぁーかぁーらぁー…
「お前等誰なんだよ、何なんだよ…」
大瀬の部屋に、と、言うよりも本来2人で住むリビングにただ今総勢5名。
勝手知ったる何とやらで、入ってくるとすぐにそれぞれ持ってきたペットボトルやらスナック菓子やらをテーブルの上へと広げ始める。
あまりに慣れた手付きで動く彼等を大瀬は呆然と見ていたが、はっと何かを思い出した様に立ち上がった。
「何してんだって!此処俺の部屋だし、つーか勝手に入ってるし…その前に鍵!!どうやって入って来たんだよっ!」
「君こそ誰?」
2番目に入ってきた男が興味深そうに大瀬に近づき、ギシリと鈍い音を立てながらソファの上へと乗りかかる。目の前まで来たその顔は最初の男といい勝負な位に綺麗な顔立ちに、スラリとした肢体。
特に短めの前髪から見える眼が紅茶色で印象的だ。
大瀬から無意識に感嘆の声が出た。
「転入生だって」
最初の男が早速菓子に手を伸ばし、そうポツリ呟けば後から来た二人も『えー』と眉を潜め、
「じゃ、この部屋コイツの?」
「マジかよ…折角の穴場だったのに」
肩を竦め、面白く無さそうにボヤかれた。
(コイツ等…)
それに大瀬も少しむっと眉眼を寄せ、ソファへと上げていた足を下ろし、きちんと座り直す。
「と、言う訳だから…分かったなら帰ってくれねぇ?」
いくら不法侵入者だからと言っても転校初日から、面倒な事はしたくはない。いや、既に面倒な輩が居て、非常に面倒臭いが、それはこの際、置いといて。
だったら此処は穏便に帰ってもらおうと、落ち着いた声でそう促す。
「お前名前は?」
「話聞いてたか?」
思わずそう突っ込んでしまった大瀬だが、それでもどんどんと質問を投げかけられる。
「何年だ?」
「何でこんな時期に」
(………)
何だ、この苛々感。
大瀬の中で何か黒いモノがむくむくと浮き上がってくるが、それが何なのか自分でも分からない。
今日の朝倉杜言い、この男達と言い、昨日から今日に掛けての大瀬の周りは煩くて仕方が無い。
コメカミが無意識にピクピクと痙攣するが、それに誰も気付く筈も無く。
「なぁ聞いてんのかよ」
プツン
(それをお前等が言うのか…)
「不法侵入の上に、勝手に人の部屋で寛ぎ始めて、話も聞かないで…何偉そうにしてんだ…」
「え?何?」
ボソリとしたその声に大瀬の近くに居た二番目の男が首を傾げる。
「け…」
「「「え?」」」
「出てけぇえええええええええ!!!」
ぽいぽいっと、それでも懇親の力で男共を放り出し、次に持ってきた荷物をぶつける様に叩き出す。
最後にバンっと崩れそうな勢いで扉を閉め、施錠。大瀬はその場に膝から崩れ落ちた。
「はぁはぁ…」
(最低…だ…)
一気に疲れが押し寄せる感覚にやっと足を叱咤し立ち上がると、其の侭またソファへと寝転がる。
また静まった部屋だが、さっきの様に心細さは感じず、今度は安息さえ感じる。
(そうだ…念願の一人部屋なんだ…!!)
あんな輩に邪魔されるなんて冗談じゃない。勝手に振り回される自分の身にもなって欲しいとじっとり眉間に深い皺を刻み込む。
(大体転校初日でこんなにぐったりするなんて…)
身体がと言うよりも精神的にきている気がするのはあながち間違いないだろう。
(これからの事考えなきゃいけねーのに…それに腹も減った…って…今何時だ?)
ふと思い付いた様に鞄の中身をごそごそと漁り、スマホを取り出すと画面に表示されている時間を見て大瀬は飛び起きた。
「21時っ!?」
こっちに来たのはまだ14時位だった筈。夕食の時間も吹っ飛ばし、大瀬は余裕で7時間近くも寝ていたらしい。
(確か…)
続けざまにパンフレットを出し、寮の説明を見遣れば、
・夕食:17時~21時(不要の場合、又は遅くなるのであれば、連絡をする事)
完全アウト。
(マジかよ…)
ガクンと肩を落とすと、それに輪を掛けるかの様に腹の音が鳴り出す。
しかし、大瀬には喪失感や切なさの感情の前に湧き出るモノが。
(考えたら…アイツ等の所為じゃね…?)
さっきの男達と訳の分からない時間を過ごしてしまった。
あの時間どう見ても40分程はあったのではないかと思う。
(アイツ等…!!)
新たにこめかみに青筋が浮き出てきた。きっと今週の占い等出たら人災注意的な事がでかでかと書いてあるに違いない。
(…って言っても…もう仕方無いか…)
こんなに苛々しても、余計に腹は減るし、時間が戻る訳でもない。大体時間が戻せるのであれば、あの朝倉と会う前に戻りたいものだと余談ではあるが、そんな事を考え、はぁっと溜め息一つ吐いた。
「もう寝よう…あ…あれ俺の荷物?」
取り合えずソファから立ち上がり、リビングの傍にひっそりと置いてあったダンボールを見つけ、中を覗き見ると見慣れた服やノート等。
それらを引き摺り、一番近くの部屋へと運び入れる。
部屋は意外と広く、綺麗にメイキングされたベッドと机と本棚、クローゼットが既に設置してあり、大瀬はへぇっと小さな感動の声を上げた。
さっそくダンボールからTシャツとジャージを取り出し、来ていた服をクローゼットへ直し入れる。
「よしっと…」
そしてベッドへと倒れる様にダイブすると、またスマホを開いた。
初めて持ったスマートフォンと言うのもあり、手探りの操作だが大体どう言う風に扱えばいいのか位は分かる。
(あー…前の友達とかの番号とか聞いとけば良かった)
持っていなかったと言う事もあり、前の学校の友人達の連絡先等覚えていないのが今更ながら残念だ。
けれど、家の番号くらいは入れてもいいだろうと、アドレス帳を開くと、そこには。
0.朝倉藤次
携帯:080-×××…
MAIL:asakura…………
あのジジイ…
真っ先に自分の番号をちゃっかり登録してあるのに、大瀬の疲れも三割り増しになった気がする。
仕方なしにその番号を其の侭、家の電話番号を登録し、目覚しを明日の朝の8時にセットしてベッド脇へと置いた。日曜日ではあるが、少しでも早く起きて部屋の整理と敷地内を確認したい。
(それに…一番の目的…)
蝶を探さないといけないからだ。
******
水を用いない枯山水の庭は石から木々、配置等も文句なしに美しく、それだけで趣きと言う香りを放つ。
一流の職人がつくったであろう、この庭を紫煙が潜った。
「あの…朝倉会長」
遠慮がちなその声に紫煙を吐き出していた本人は顔も向けずに返事代わりと言わんばかり、もう一度ゆるりと煙を吐き出す。
「本当に…彼の者で…良かったのでしょうか」
逞しい体つきと強面な顔つきに似合わず、不安げなその声に『何が?』とは問わない。
「いくら…何でも普通も普通な…あの少年に…」
そう、彼は普通過ぎる。
全ての事を背負わせるには、些か無理があるのでは無いかと。
「ワシが決めた事じゃ。何の問題がある?」
朝倉のいつもより低い声にいいえっ!っと男は背筋を伸ばすが、それでも表情からは不安な色は拭え去れない。
それを見て、朝倉は口角を上げ、空を見上げた。いや、空と言うよ宙。
「あんなワシの下手糞な演技に引っ掛かった大瀬じゃが、それでも期待通りの動きじゃったわい」
『ちょっ!じぃさんっ!待てっ!早まるなぁああああああ!!』
『何言ってんだよっ!どうした、年金だけじゃ足りないのか?ばあさんに先立たれたのかっ!?あ、あれか?息子の嫁さんとソリが合わないとか、孫が家庭内暴力かぁ!?』
今思い出しても笑いがこみ上げると朝倉は眦を下げた。
この宙を舞う蝶はひらりひらりと何を思って舞うのだろうか。
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