止むことのない

3/8
前へ
/165ページ
次へ
どちらとも無くふふっと笑い合うと、円が遠慮がちに口を開いた。 「か、甲斐君。もう食事した?良かったら、食事一緒にしない?実は友達もまだ食堂で待ってくれてるんだ」 「え?そうなのか?」 「うん…まだ食事前に林原さんに会ったから…」 わざわざ自分の制服を届ける為に食事を後回しにしてくれたのに、これだけで幸せを感じれるのが分かる。 昨日から碌な人間に会っていなかった大瀬には本当に円がオアシスの様に見えてきたのだ。 「行く、行く!俺昨日から晩飯も食ってなくてさ」 ちょっと待っててなとリビングへと戻り、ソファへ制服を置くと大瀬はすぐさま円の元へと戻り、部屋を後にした。 食堂は普通に広い。 寮生達が食事をする場所なのだから、それなりの広さがあるだろうとは思っていたが、大瀬の学校の体育館二個分はあるかもしれないと、珍しそうにキョロキョロと眼を動かした。 そんな大瀬を横目で見ていた円がクスリと笑うが、こっちだよ。と、誘導していく。 「あ、ホラ。あの席」 円の示す先には、一人の男子生徒がこちらに気付いたのか、大きく手を振っていた。 「円、それが転入生!?」 ニコっと大きく笑うのが印象的な男。体付きは円と同じく小柄だが、円は全体的に色白で髪の色素も薄く、どこか儚げな印象に対し、短く黒い髪に日に焼けた肌色とそれに白い歯が映えてとても健康的に見える。 「俺、桜井喜一(きいち)!宜しくな!!」 やっぱりと言うか、元気そのものと言った声に期待通りと思わず大瀬は笑ってしまうが、自分もと挨拶を返す。 「俺は甲斐大瀬。こっちこそ宜しく桜井」 「喜一でいいよ!俺も大瀬って呼んでいいだろ?おい、円もそうしろよ」 急に話を振られ、え?え?と慌てた様に自分を見詰める円に大瀬はうんと頷き、 「じゃ、円って呼ぶな。俺の事も大瀬って呼べばいいし。な、喜一」 その声に嬉しそうにはにかんで笑う円とおうっ!と元気に返事をする喜一は本当に対照的だけど、早速出来た友人は面白いとこっそり大瀬は思い、笑った。 食事はセルフだ。各々カウンターケージにあるその日、その日に決まった惣菜を取っていく。 今日の朝食はじゃがいもの味噌汁と卵焼き、納豆、鯖の焼き物。 「頂きますっ!」 「「いただきまーす」」 喜一の声に続き、大瀬と円もそれぞれ両手を合わせ、目の前の料理に箸をつけた。 (…んまいっ!) 久しぶりの食事に大瀬は体を震えさせる。 矢張り人間の資本は食事と健康だと改めて思わされた。箸が進むと共に気持ちも段々と満たされていく様で今朝の苛々とした出来事が霞んでいく様にも思えてくる。 (幸せだ…) 自分よりミニマムな彼らと共に三分の二程食べ終えた時、あっと声を上げ大瀬は2人へと顔を向けた。 「なぁなぁ、この学校の敷地内にさ、花畑とか花壇とかある?」 「え?花…?」 「ガッコの近くにか?」 いきなりの大瀬の問に2人顔を見合わせ、んーっと首を捻る。まだ彼等も此処に来て一ヶ月足らず。急に聞かれてもと言ったところなのか、頭で学校を思い出し思い出し巡っているようだ。 「確か…1年校舎の裏の外れの庭とぉ…」 「まだ誰も居ない3年校舎の方にもあったと思うよ。まだ意外とある筈なんだけど…いざ思い出すってなると中々思い出せないんだよね」 苦笑いする円だが、それでも大瀬は今言われた所を脳内に叩き込む様にぶつぶつと詠唱していく。そんな大瀬に喜一が興味深そうに笑い、 「何?大瀬は花が好きなのか?乙女ぇー!!」 と、身を乗り出してきた。 (これが乙女チックな話だったら、俺はまだこんな苦労はしなかっただろうさ) だからと言って朝倉の初恋の相手を探せだの、分かれた妻を捜せだの、そういった話ではなく、そう花の様な可憐な女の子とかと一緒な学校生活だったらだ。 「あー…花っつーより…ちょ…」 「ちょ?」 パン 思わず自分の手で口を塞いだ。 あ… (危ねぇー…!ついうっかり蝶探しって言いそうになった…!!) 電波デビューする所だったと、噴き出した冷や汗を手の甲で拭い、いまだ『ちょ、って何だよぉ』と自分に喰らいつく喜一へと何でも無いと笑ってみせるがそれでも納得しない顔を見せる彼へと大瀬は仕方無いと胸を張った。 「貯金が好きなんだよ」 ***** ふるふると震える、わがままボディのフォルムが溜まらない。 一見変態の様な解釈だが、大瀬の目の前には近くで別売りされていたプリンが。 知り合った記念にと円が買ってくれたモノであり、喜一も同じモノを買って美味しそうに頬張っている。 「やーっぱ美味いよなぁ!俺、この食堂のデザート好きなんだ」 「ど、どう?か…大瀬君、美味しい?」 そりゃ勿論。 「目茶美味いっ…!」 ミルクと卵がふんだんに使われたフワフワの生地に濃厚な少しビターカラメル。 口へと入れるととろける様に鼻孔に甘い香りが広がった。 「有難うな、円」 笑顔で礼を言う大瀬に円もううんと嬉しそうに首を振り、自分もプリンを頬張る。 貯金が好きだなんて言ってしまったから、奢ってくれたのかもしれないがその優しさに涙腺が緩みそうだ。 (何か俺頑張れそう…) 少しずつだが、大瀬の中で固まっていた何かがプリンの様にゆっくりと解れてくるのがわかる。 色々と他人に振り回されていた大瀬だが、こうして他人の優しさに触れた事できちんと感情と脳が再起動しだした。 ん…? そうして、冷静さも取り戻したのかもしれない。 蝶を捕まえる。 (あ…あれ?) 朝倉の下から逃げ出した蝶。 それは一体何時の話んなのだろう。 この学校の敷地内に居るといわれた蝶。 蝶の寿命とはどれ位なのだろう。 決められた範囲しか行動は出来ないのか? 大体、この学校は朝倉の傘下にあるのだから、業者やあの黒服の強面共にでも総出で探す事も出来た筈。 大事にしていたと言っていたのだから。 (俺…) ピタリと大瀬のスプーンの動きが止まる。 「?大瀬君?」 どうして、その役回りが自分だったのか。 『この朝倉様があんたの学費も全部見てくださるってよぉ!』 『蝶を捕まえて欲しいんじゃ』 『折角ワシが手塩に掛けて育ててやったと言うのに…逃げ出し追って…』 脳内で色々な言葉と人の顔が回る。 蝶を捕まえる? (俺でなくてはならない理由って何だ?) そこまで考えて、とうとうスプーンをコトリと置いた。 「蝶って…本当に…」 蝶なのだろうか。 不意に響いた人のざわめきに大瀬はハッと肩をビクつかせ、目の前を見るとこちらを心配そうに見詰める円と喜一と眼が合った。 「どした?大丈夫かぁ?少し飛んでただろ」 揶揄交じりな喜一ではあるが、それでも大瀬を気遣うのが分かり、あぁ…と苦笑いを見せる。 「大丈夫…?気分でも悪いんじゃ…」 「だ、大丈夫だって!ちょっと…」 そう、思ったのだ。 蝶とは何かを例えて言ったものだとしたら。 この学校内にあるもの。 人のざわめきが段々と近づいてくる。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1241人が本棚に入れています
本棚に追加