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「あー…煩くなってきたぁ…」
しばし固まっていた大瀬だが、喜一の少し怪訝な顔と確かにざわめきが大きくなっていく食堂に、どうした?と問うた。
「この男子校みてーなトコでは眼福と言われる方々だよ。くだらねー」
「き、喜一君…こんなトコで言っちゃ駄目だよ…!誰かに聞かれちゃうから」
皮肉な物言いの喜一を窘める様に慌てる円だが、それでも喜一はフンっと鼻息も荒く、最後の一口のプリンを口へと放った。
「いいんだよっ!俺アイツ等嫌いっ。俺様ズじゃねーかよ。何が…」
本当に蝶みたいにキレイだ、だよ。
「え?」
大瀬の眼が大きく見開かれる。
蝶。
みたいにキレイ?
「喜一君、ホラもう入り口まで来てるし…!もう言わない方が…」
「…分ってるよっ」
ごちそーさんっと両手を合わせる喜一と、ほっと胸を撫で下ろす円を一瞥し、大瀬は騒がしくなった自分の背後の食堂入り口をゆっくりと振り返った。
蝶みたいにキレイ。
蝶のような
何?
そして、そこに居たものを視覚に捕らえ、大瀬は今度こそ固まった。
(あ…あああ…あれ…って…)
食堂へと入ってくる数人の塊。
それはまさしく。
(不法侵入者…1,2,3,4…)
そう、大瀬の部屋へと勝手に上がり込み、好き勝手にやってくれていたあのキレイな顔をした男達だった。
彼等はそのまま大瀬達とは間逆の方向の奥の席へと談笑しながら入って行く。
ぎぎぎぎぎぎぎ…
古くなって油切れしたブリキの人形の様に大瀬はゆっくりと首を元に戻す。
「キレイな…顔立ちしてる人達でしょ…。僕も初めて見た時は吃驚しちゃったんだ」
円の声に、あぁ…っと歯切れの返事をしながら大瀬は今この場で平伏したくなった。
今、自分が考えている事。
間違いであって欲しい。
勘違いであって欲しい。
そう思わずにはいられないのだが、それは喜一の言葉で脆くも崩れ落ちていく。
「こっちから見て、左から」
ぴっと喜一が指差す方には、前科2犯の侵入者その1。
「あれが朝倉揚羽(アゲハ)」
次に指差すのは同じく侵入者2。
「朝倉小燕(コツバメ)」
次は今朝も会った侵入者3。
「朝倉白(シロ)」
そして、最後は侵入者4を指差し、。
「朝倉立羽(タテハ)。ちなみに全員蝶の名前だって」
と、やり切った風に笑った。
「…………」
何だって?
「あれみーんな、従兄弟同士らしいぜ」
「今年僕達と同じに入学したんだけど、あの容姿だらかすぐに人気出ちゃって…それに朝倉って名字から分かっちゃうかもしれないけど…ここの創立者の人の孫なんだ」
いや、ちょっと待って。
どっから…突っ込んでいいのか…。
ガタンっ!!
どどどどどどどどどどっ!!!
「お、大瀬ぇ!?」
背後から聞こえてくる声。
それはいきなり立ち上がり、一目散へと走り出した大瀬に驚きと戸惑いの声と分かる。
しかしだ。
(悪いっ…!円、喜一!!!)
大瀬の足は止まらない。
前に居るモノ達も大瀬の形相に驚き、さっと道をゆずって行く。
(くそ…あの…)
ほほほっと紫煙を吹かす老人が頭に浮び、大瀬はぐっと拳を握った。
(あの…!!!)
狸じじいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
グンと足は加速。
向かう先は自分の部屋の携帯だ。
そして、食堂に残された円と喜一。その他周りに居た者も大瀬の行動にぽかんっと口を開けていた。
「何だ…どうしたんだ…アイツ」
「ぼ、僕何か悪い事言っちゃったかな…!」
後で部屋に行ってみようぜと言う喜一に円も不安げに頷き、席を立つ。
その様子をじっと見ていた者に気付かずに。
*****
三つ指ついての送迎、歩くときは三歩下がって、風呂は家主の後。そんな内助の功として働いてきた妻が家庭も自分も省みる事も無かった夫に反旗を翻す為、叩き付ける常套句。
実家に帰らせて頂きます。
「実家に帰らせてもらうからなぁあああああああ!!!」
けたたましい叫びが室内空間を振るわせる。
スマホをぎゅっと握り締め、仁王立ちする大瀬の通話相手は言わずと知れた、
《何じゃ藪から棒に》
朝倉だ。
「藪から棒じゃねぇーよ!俺から眼ん玉でそうになったわっ!」
のほほんとした電話の声に自然と声も荒々しくなるが、そんな事を構っている余裕等今の大瀬には持ち合わせていない。
兎に角、この憤りを朝倉に伝えたい。
「じじぃ!てめー何だよっ、蝶って!あれ、あれだろっ!あんたの孫共4人組みの事だろっ!?」
《何じゃ、気付いたのか。意外と早かったなぁ。ワシは一週間位掛かると思ったんじゃが。いや、それ以前に…お前本当に蝶を捕まえる気だったんじゃな。学校で網持ってウロウロしようとしとったんか。ふぉふぉふぉ》
この電話から自分の殺意は朝倉へと届くだろうかと真剣に思う。
いけしゃあしゃあとしたこの態度にふるふると身体が震えだすが、大瀬はもう一度電話を握りなおし、口を開いた。
「俺、ぜってー帰るからな!何で俺があんたの孫なんか捕まえなきゃいけねーんだよっ!あんたの周りに居る屈強な身体の持ち主の男にでも捕まえさせればいいだろ!て、言うか捕まえるって何だ、捕まえるってぇ!!あーもう、絶対嫌だから!」
すでのどこから突っ込んでいいのか、もう爆発してしまった頭では考えられず、思った事が次から次へと出るのを止められない。
《アヤツ等、中学を出るとすぐにそっちの高校へと勝手に入ってのぅ。本当は何処か国外にでもやって勉強させようと思っとったのに。ワシ、がっかり》
俺ががっかりだ。
「だから、何だよっ!兎に角俺は…」
《あまり、しつこいと嫌われるし、どうしようかと思ってなぁ》
「………」
この人の話を聞かないマイペース振り。
言う事も行動も考えてみればよく似ている。
最低だ…。
力が抜けて、スマホが手から滑り落ちそうになる。
《だから、お前がそこでアヤツ等を説得して、取り合えずワシの前に連れてきて欲しいんじゃ》
「だから、何で俺なんだよ。自分ですればいいだろ?」
幾分が叫んだ所為と時間が経って落ち着いたのか、大瀬はベッドへと腰を下ろし額に手を当てる。
「大体あんたは俺の倍以上生きてるんだろ。抜けた髪の倍以上の酸いも甘いも経験してんだろ?俺なんてたかが15年しか生きてない。そんな俺がアイツ等を説得とか諭すとか説き伏せるなんて、そんな業持ってねーっつーの」
しかも相手は朝倉の血、遺伝子を分けた4人の孫。
単純に考えれば、
朝倉4人vs大瀬
勝ち目は無い。考えただけで背筋がぞっとした。
「もっと別のヤツ寄越せば?あんたの孫なら俺等住む世界も価値観も違うだろ」
何か諭す様な説教を垂れろと言われても、大瀬には苦労話しかない。
『一週間のうちカレーを週5日食べた事がある。と、言うより2日だけ卵掛けご飯だけで残りの日数カレーだった、って言った方が早い。どうだ、苦しい生活が分かるだろう』
これ位。
小学生の頃の親父の給料日一週間前の話だ。
大体これで何の説得になるのかも、説教になるのかも分からない。むしろ、苛めの対象にでもなりかねない。
しかし、
《それでいいんじゃよ》
「へ?」
朝倉の意外な肯定の返事に、間の抜けた声が出てしまった。
《大瀬、お前は黙ってカレーを5日間食ったんじゃろ?それは何でだ?》
「え?何でって…だって、それが飯だったから…?母さんが作ってっくれたモンだったし…親父の給料も入る前って分かってたし…」
何でと聞かれてもこんな当たり前な言葉しか返せない大瀬にまた朝倉の笑う声が聞こえる。
大瀬はその笑い声に眉を寄せ聞いていたが、じゃっと言う朝倉に
えっっと再びベッドから立ち上がる。最後に朝倉の声が響いてきた。
《それが答えじゃ》
プツ
ツー、ツー、ツー…
答え?
切られた電話の待受け画面を呆然と見る。もう繋がっていないけれど、朝倉の言いたかった事も、自分の事も結局どうなったんだと聞きたいのに、もう会話は終わってしまった。
(あの…狸…っ!)
もう一度電話を掛けるが、今度は留守番電話のガイナンスが聞こえ、仕方無しにメールにしようとするが、携帯がいきなり震えだした。
「うぉ…!」
メール受信。
そう表示された画面に従い、メールボックスを開けると、その場で倒れそうになる。
『お前の親父さん、課長になったそうじゃぞい』
ハートマークつきのメール。
つまり此れは。
(親父達を盾に取りやがった…!)
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