止むことのない

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食堂に居た筈の彼等が今、自分の部屋に居る。そして当たり前の様に自分の名を呼んでいる。 「俺の…名前…」 「さっき食堂で呼ばれてたからさ」 ぎゅっと眉根を寄せる大瀬に小燕が唇で弧を描き、そう答えた。あぁ、喜一のあの声かと納得したものの、大瀬の警戒は取れない。 ニヤニヤと笑う彼等の顔がどうも癪に障る。 しかし、そんな事よりも。 「…何時から居たんだよ…」 思わず低くなる自分の声は、動揺がバレバレだと思うがそれでも聞かずにはいられない。 (だって…今の会話は…) 「お前やっぱりジーさんの回し者だったんだな」 笑った侭の揚羽の声に大瀬は、ハッと眼を見開いた。 会話を聞かれていた事実にも天を仰ぎたい衝動に駆られるが、 「やっぱり…?」 大瀬の正体を知っていたのかの様な素振りに驚きを隠せない。 何時から。 どうして。 色々な疑問が湧き上がる。 「あのジーさんだからな。何らかの手は打ってくるとは思ってたんだよね」 ビンゴと面白そうに白が笑う。 (何でぇ…?) 確かに大瀬のいきなりの転校はそちら側にしても不自然だったかもしれないし、この部屋を使っていたのには不都合だったかもしれない。それでもどうして朝倉の回し者だと言う事に気付かれたのか分からない。 大瀬は冷や汗を浮かべる。 (俺…何か…やった?) いや、そんな筈は無い。 彼等に気付かれる様な失態はなかった筈だ。なんといっても、今まで彼等の正体すら知らなかったのだから。 そんな大瀬が彼等に自分の事が分かる様な事は… と、昨日からの自分を振り替える大瀬だが、そんな大瀬を見て、揚羽が自分の腕を見せた。 「お前、昨日ソファで寝てると時に俺の腕掴んだよな?」 「…腕?」 そういえば。 確かに昨日初めて会った時に大瀬は揚羽の腕を掴んだ。お互いに吃驚した顔をしていたのを覚えている。 大瀬はあの時夢を見ていた。 しかし、それが何だと言うのか。 「お前その時言ったんだよ」 「言った?」 「蝶だ」 ってさ。 俺の馬鹿ぁああああああ!!! 自分の馬鹿さ加減にいい加減本当に泣きそうになった大瀬だ。 ***** 「あのジーさん苦手なんだよな」 あぁ、結局こうなるのか。 全員がソファへと座る中、何故か自分だけが床へと正座。此処は自分の部屋なのに、この仕打ちは一体何だと言いたい中、揚羽の声にチラリと大瀬は眼を向ける。 「…苦手?」 そう、と小燕の声。 「俺等あのジーさん家の中の敷地に家族全員で住んでたんだけどさ」 何世帯家族? 「もう自己中って言うか、何て言うかなぁ」 あれ、それって… 「兎に角やる事なす事無茶苦茶って感じ。人の話聞かないし」 同属嫌悪? (そうだ、それだ…) 遺伝子100%。 これを喜んでいいのか、悲しんでいいのか大瀬は知った事では無いが、少なくとも彼等には嘆かわしい事らしい。 でも。 「お前等も少しは我が身を振り返れ…」 「何、何か言った?」 「何も」 それより。 「あのー…苦手なのは分かったけどさ」 正座した膝の上の拳に力を入れ、大瀬は伺う様に口を開く。 「一回だけ…帰ってみたらどうだろう…?な?」 本当は此の侭期限までに何もしなくても朝倉は学校に居てもいいと言ってはくれた。だったら、それに甘んじてもいい大瀬だが、この学校に通わせてくれたり(望んではいなかった事とは言え)、父親の昇進に関ってくれたり(推測であり、これもまた望んで…以下略)と、色々としてはくれている。 だったら、少しは協力しなければと思ってしまっている辺り、大瀬の義理堅い…人の良さと言うか、お人好しな所と言うか。ちなみに、これは父親似だ。 「少し…話し合ってみるって言うのも…それに…」 さっきの朝倉の電話を思い出す。 嫌われたくは無いと言っていた。それはつまりは、彼等の事をそれなりに思っていると言う事だ。 力付くでも強制的に彼等を此処から連れ戻さないのは、それから来る優しさ故のものかもしれない。 今ならそう思えてきた。 でも、それに何故自分が抜擢されたのは不思議でならないところだが。 「お前ジーさんに幾ら貰ったんだ?」 「は?」 いきなりの揚羽の問いに自分の世界に入っていた為に間抜けな声で応答してしまった大瀬を周りに居た者もクスリと笑う。
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