その選択肢が責任を伴うとは思わない

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「まぁ…容姿は中の下…中?と言った処じゃが…」 「そのバナナ鼻にネジ込むぞ、じじい」 本当の事とは言え、何たる失礼なじいさんだとコメカミにタコマークを引っさげ、そう突っ込む大瀬だが相手は老人と自分に言い聞かせた。平凡の何が悪い。目立たなくて、丁度いいんだと頬を膨らませる。 「ところで、頼みなんじゃが…」 「ちょっと待った。何で俺があんたの頼みを聞かなきゃならねーんだよ。意味分かんねー」 別に何の苦も無さそうだ。考えてみれば先程の自殺も怪しいものだ。こちらをじーっと見て大瀬が自分を見ているのを確認してからの行為に見えた。何故そんな事をしたのかと考えても分からないが、大瀬の15年と言う年月で培われた何かがそう言っている。 大体人のバナナを無遠慮に食う様な輩が自殺等するものかと、大瀬も立ち上がりそう老人へと一瞥、付き合ってられるかとその場を後にすべく一歩を踏み出すが、 ガシリ。 ん? 「待てぃ。小童」 自分の制服をガッチリ握り締めるその老人に大瀬の頬が小さく痙攣する。 「お前さん親御さんは何しとるんじゃ?」 今度は親の事かと、げんなり感じるが (親…) 大瀬の脳内に浮かぶ2人。 父はうだつの上がらないリストラ寸前、社内でもパッとしない窓際会社員。 母はそんな父を支える様にスーパーのパート店員。常に家計簿とソロバン、赤いボールペンを武器に毎度父親を締め上げ、離婚しないのが不思議な夫婦。 もしかしたら、自分の両親はSとMの関係で成り立っているのでは無いかと子供の自分が心配する位だ。 「ワシの頼みを聞いてくれれば、お前さんも親御さんにとってもいい事があるかもしれんぞ」 大瀬の脳内を読んだかの様にニヤリ笑うその老人に、また大きく眼が開かれる。 「いい…事?」 いい事とは何だ? 大瀬にとっても親にとっても。 「会長ぉっ!!会長ぉおお!」 「っぉお!?」 停止してしまった大瀬の脳に声が響いた。 バタバタとこちらへと向かって来る足跡と共に数人の黒いスーツを着た男が見える。ガタイもよく、見るからに筋肉を売りにしてらっしゃるのがよく分かるその風貌の輩に向かってこられ、大瀬は小さく悲鳴をあげた。 しかし、その男達は大瀬を素通りすると背後に立っていた老人へと向かい、体に似合わない情けない声を上げだした。 「会長ぉ!やっと見つけましたよっ!勝手に出られると困りますっ!」 「私達の身にもなってくださいっ!携帯も切っておられたでしょうっ!」 今にも泣き出さん位のその様子に大瀬が呆然と見るしかない。 (…カオスなこの状況って…何?) パシパシっと数回瞬き。 誰かにこの状況を一から聞いてみたい。 会長と呼ばれた老人。 そう呼ばれるからには、どこぞのお偉いさんだと言うのが今度こそよく分かったが、自分が今何をすべきなのが大瀬には分からないのだ。 「さ、会長!戻りましょうっ!」 「待てぃ」 そんな大瀬の思考を置き去りに黒スーツの男達は老人の手を引き、この場を後にしようとするが、それを遮るのは老人こそ会長。 「ワシは大瀬に話しがあるんじゃ」 すっとその男達を片手であしらうと老人は大瀬の前に立った。 「ワシの蝶を捕まえて欲しい」 「は?」 ワシの元から逃げ出した蝶を捕まえて欲しいんじゃ。 今日の選択を間違えたと改めて思う大瀬だ。
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