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天災と人災、どちらも一緒
何故こうなったのだろうか。
「大瀬っ!頭下げなさいっ!」
ゴォンっ
「ぶほぉっ!」
考えても望む答え等出る筈も無く、そうこうしている間に大瀬の頭は床へと押さえつけられ、殆どそれと接吻状態。
「もう、すいません、朝倉様っ!この子あまり躾がなってなくて…お恥ずかしい限りですぅ!」
誰あんた…。
いつもよりも声のトーンもテンションも高く、母が口元を抑え(同時に大瀬の後頭部も)ほほほっと笑うのを大瀬は床から横目で眺めた。
いつもはぼさっと後ろへと引っ掴んだ様な髪の毛もきっちりと綺麗に纏められ、服も常装備の色褪せたトレーナーにジーパンではなく、何故か参観日や学校行事でしか見た事無い様なスーツを着ている。
絶対にクリーニングしたてのものだろう。
そして。
その状況を作り出したのは…。
「いやいや、しっかりしたお子さんだと思いますよ」
痛む顔面を擦りつつ、そちらへと眼を向ければ自分の狭い居間にちゃぶ台を挟んだ向こうには老人と黒いスーツを着こなした男が2人。
そう大瀬が出会った奇妙な彼等。
「では、大瀬君は此方で預かると言う事で宜しいかな?」
出された粗茶…と言っても大瀬の家では滅多に出ない様な高級茶葉であるのだが、それをずっと綺麗に飲み干した老人が微笑んだ。
昨日あの公園から脱兎の勢いで逃げ出した大瀬。
背後から追え等、待て等聞こえたが、待てと言われて逃げてる奴が待つ筈も無い。
折角の残りのバナナも置いてきてしまった事に軽いショックもあったものの、あんな訳の分からない輩と関りになるのも遠慮したいと思った大瀬はとっとと寝て全てを忘れようとしたのだが、土曜の朝にも関らず母からの盛大な蹴りを喰らい起きてみれば、当たり前の様に居間に座っていた老人達。
何してんの?
そう告げえようとしたのだが、
『わしの命の恩人でもある大瀬君の面倒を全て見させてもらいたい』
開口一番がそれかい。
と、頬を引き攣らせた。
『本当に宜しいんですかぁ!?朝倉様のお手を煩わせる事になりませんかぁ!?』
『は?』
寝癖の付いた頭も其の侭に母親と老人を交互に見遣れば、大瀬が起きる前に話しは着いていたのか和やかに話が進んでいく。何の障害も無くだ。
呆気にとられた大瀬に母は満面の笑みで振り向き、
『大瀬っ!この朝倉様があんたの学費も全部見てくださるってよぉ!しかも学校も一流の学校へ編入させてくれるって!!』
(何…だって…?)
『ちょ、何だよ、それっ!!』
『あんた、この朝倉様の命救ったんですってぇ?でかしたわっ!もう話は全部決まってるから!寮も完備された学校よぉ!心置きなく行ってらっしゃい!』
慌てふためく大瀬にアームロックを掛け、こそこそと一応小声で話す母の眼は本気と書いてマジと読む。その上不穏な光がランランと輝いている。
(こんの…ババア…)
分かる。
今母が何を考えているのか、手に取るように分かるのは血の繋がりなのか。流石に水より濃いとは言ったものである。
食費が浮く。
学費が浮く。
全て金銭的面の負担が無くなるであろうと。
『冗談じゃないっ!俺もう高校ちゃんと通ってるしっ!大体朝倉様って何だよ、《様》って!何モンだよ、あのジジ…』
ゴォン!
と、けたたましい音を響かせ、大瀬の顔は床へと叩きつけられる。
『口を慎みなさい…しかもあんた何言ってんのっ!朝倉様って言ったら、日本でも有数の企業を牛耳ってるトップじゃないのっ!父さんの会社も朝倉様の下にあるのよっ!ホラ、前に近くを通ったじゃない!あの大きな家!あの家の人なのよっ!素晴らしい方なのっ!』
『はっ!?』
(日本の有数企業!?牛耳ってるトップ!?オヤジの会社!?何ソレっ!?)
色々な事を一編に言われて大瀬の脳内はパニック寸前だ。
痛みに涙を浮かべた眼を恐る恐ると老人へと向ける。
一体…
『宜しくな、大瀬君』
ふふっと茶を啜りながら笑った。
何…?
この車を追い越すなら、命懸け。
そんなキャッチフレーズを思い浮かべながら、我ながら上手いと自画自賛する大瀬だが、それ程にこの大瀬の乗った車。
兎に角長い。
お抱え運転手が運転することを前提とした、大型高級車。後部座席部分の構造を延長し、運転席との間に仕切りを設けたこの車。
(リムジンって…初めて乗ったよ、俺)
多少なりの憧れはあったものの、多分一生縁の無いモノだと思っていたこの車にまさかこんな形で乗る事になるとは。
「何じゃ大瀬。酷い顔…顔色だぞ」
「残り少ない頭皮を覆ってるその毛に別れを言うか、じじい」
ギリっと鋭く視線を飛ばすが、それすらも面白そうに老人は笑った。
「そう言えば自己紹介はまだじゃったな」
車内に置いてある煙草へと火をつけ、紫煙を吐き出す老人が大瀬へと真正面へと向き直る。
「ワシは朝倉藤次(とうじ)まぁ細かい事はあの母親から聞いたみたいじゃから、省かせてもうらう。それより大瀬、お前の方が聞きたい事があるのじゃろ?」
ふーっと辺りを舞う煙に包まれる車内で大瀬の眉がじっとりと寄り、大瀬も口を開いた。
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