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「…何で俺の家分かったんだよ」
「何を。ここら辺りはワシの庭の様なモンじゃい。名前さえ分かればすぐに調べはつく」
大瀬の質問に馬鹿げた事をと笑い、
「甲斐大瀬。9月4日生まれの15歳。身長173センチの59kg。今年の4月に近くの松川高校に入学。家族構成は父と母。九州に父方の祖父母有り」
スラスラと自分の事をさも当たり前の様に捲くし立てる朝倉に大瀬が固まる。
「ちなみに初恋は幼稚園の時にそこの近くに住んでいた人づ…」
「ぎゃああああああっ!!」
朝倉の声を遮る様に大瀬の絶叫が響き渡った。
荒い息と共に朝倉を睨みつける。
何が大手企業のトップだ。
何が素晴らしい方だ。
人の個人情報をここまで調べてくるとは。どこかの探偵事務所でも開いた方がいいんじゃないのか。
(最低なじじいだ…っ!)
車内で無かったら、後ろにぴったりと張り付いた車(ボディガード2人付)さえ居なければ。
(ぶっ飛ばしてるっ…!)
ぎりぎりと歯を噛み締め、拳も握り締めるがとりあえずの理性と己の保身が先立ち悔しいながらもじっとしているしかない。
その間にも車は都心を離れ緑の多い景色を走って行く。
「…で、俺にどうしろって?」
ふーっと息を吐きながら大瀬は座席に持たれ、朝倉へと視線を放った。
軽い諦めも入った風な口調。
どうせ母もこの朝倉へと自分を売った様なものだ。
今更此処で逃げ帰ったとこで、この世の生き地獄を味わうだけ。だったら腹を括ってしまうしか自分に選択肢は無いだろう。
だったら、この際この朝倉の言う事を聞いてみてその優秀な学校とやらで生活して、何らかのスキルを持った方がいいかもしれない。
中の中の頭ももしかしたら中の上あたりにはいくかもしれないと。
開き直りが早いのは母親譲りなのか、短所とも長所ともとれる所だ。
それに。
昨日の事がきっと関係するのだ。
「昨日言ったじゃろ」
灰皿へと煙草の灰を落とす朝倉は貫禄がある。
どこかじっとりと重い空気になったのは大瀬の気のせいでは無い。
「蝶を捕まえて欲しいんじゃ」
また煙草を咥えた朝倉が笑うその姿に無意識に喉が鳴った。
蝶。
「蝶…って、あの蝶?」
そんな空気に負けじと人差し指で空に8の字を横書きに描き、ひらひらとした蝶を現す大瀬に朝倉が声を上げて笑う。
「人目を惹くそれはそれは綺麗な蝶じゃ。見れば分かる。お前のこれから行く学校に逃げてる筈じゃからな」
「は?」
「折角ワシが手塩に掛けて育ててやったと言うのに…逃げ出し追って…」
学校?と首を傾げる大瀬の眼が大きく開かれた。
まさかこれから行く学校に居るとは。確かに学生生活の中どうやって蝶等を探せと言うのだろうかと思っていたのだが。
「学校…」
ふむっと唇に手を当て、ちろりと朝倉を見る。
「それって…昨日あんたがしようとしてた事と関係あるのか?」
橋から飛び降りようとしたこの老人。
こんな老人が本気であれ、気の迷いであれ、演技であれ。あんな事をしようとしたのだから、それなりの理由が有る筈。
「さぁのぉ」
ふふっと笑う朝倉に大瀬の眉は益々近づいていく。
喰えない。
(たぬきじじい)
一字一字噛み締める様口の中で呟いた。
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