1218人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
きゅっと振動が止まり、大瀬の体はカクンっと揺れる。
「着いた様じゃの」
その声と同時にガチャリとドアが開き、眩しい光が車内へと差し込んできた。
「降りていいぞ」
朝倉の指示に外へ大瀬はゆっくり降り、車内で縮こまっていた筋肉を伸ばす様に背伸びを一つすると目の前の景色に目をぱちぱちと数回瞬かせる。
「うわ…」
ずっと奥の奥、その先へと誘う様な並木林。
どこまで続いているのだろう。
深緑も鮮やかなその木々にも眼を奪われるが、地面を覆うその石畳もかなりものだと分かる程に赴きがある。
「此処はまだ創立2年じゃ。だから先輩も一つ上しかおらん。多少は気が楽じゃろ」
「此処も…あんたのモノなの?」
「まぁワシの傘下にあるのは間違い無いな」
大瀬の背後からそう告げた朝倉が着物の袖からゴソっと取り出したものを大瀬へと突き出した。
掌に載った白いプラスチックで出来た様なもの。
「スマホ…」
「何かと必要になるからな」
初めてだとそれを受け取る大瀬を満足そうに見詰め、朝倉はあぁっと思い出した様にすっと二本指を立てた。
「二つだけ。二つだけ言っておこう」
何かの必要事項かと大瀬もそれにきちんと耳を傾け、何っと短い相槌を打つ。
「まずワシの名前は出さない事。何かと色々煩い事もあるかもしれん」
確かにそうだと大瀬も小さく頷く。
学校を仕切る朝倉との伝手だと周りからも何の関係だと聞かれるかもしれない。そんなの大瀬が一番知りたいのだから、分かる筈も無い。
親の事情だとでも言っておくのが得策だろう。
「そして、最後に」
蝶を捕まえて欲しい期間は今から夏休みまで。
「それが成功すれば、成功報酬もやろう。まぁ…それまでが駄目でも学校には通わせてやるわい」
ふぉふぉふぉっと笑う朝倉だが、それとは対照的に大瀬の体は固まった。
今、何月?
………………
「はあああ?あと一ヶ月半しかねーじゃんかよっ!」
何言ってんだと朝倉へと掴みかからん勢いで足を踏み出すが、朝倉の背後に控えているボディガードのサングラスが無意味に光るのが眼に入り、行き場の無い手が宙を彷徨う。
最悪だ。
最悪な事に関ってしまった。
今更感じてももう遅いのは分かるが、何も自分から望んで来た事では無い事に全く持って腹が立つ。
人災とはこう言う事を言うのだろうか。
「じゃ、ワシはここで」
「えっ!帰る訳!?」
「もう学校側には話はつけて有るわい。心配するな」
何を自信満々にそう言うのだと突っ込みたい大瀬を其の侭に鞄を渡すと踵を返した朝倉は車へと戻るが、少しだけ振り返る。
戸惑う大瀬が頭を掻きながら、えーっと小さなパニックを起こしているのが見えた。
それを見て少しだけ笑う。
面白そうに。
(お手並み拝見…か)
そして、何かを期待する様に。
段々と小さくなっていく高級車を見送る大瀬は既にげっそりと頬がこけた感がある。
何だか気力も全てあの朝倉に奪われた様だ。
しかし、こんな処でボーっと立っている訳にもいかない。今の御時世こんな風にボヤっとしていたら、不審者と間違われて通報でもされかねないからだ。
「えっと…この先が学校か?」
貰った鞄を開けて中をゴソゴソと漁ってみれば、パンフレットの様な冊子があり、それをパラパラと捲ると中には地図があった。
それを辿り現在地を確認。
「あー…この先がやっぱり学校…つーか敷地内?」
本当にまだ敷地の入り口に居るにしか過ぎないのだと分かると余計に力が抜けていく大瀬だが、仕方無いと諦め半分にそのパンフレットを手に持った侭鞄を閉じた。
(進むしかないってな…)
そう。
大瀬にはこの道を歩むしか無いのだ。
最初のコメントを投稿しよう!