天災と人災、どちらも一緒

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「大体の事は大久保さんから聞いたみたいだね。じゃ、これカードキー」 そうニコリと微笑む寮の管理人の林原。 外見は若く見えるが、第一印象と違い、話し方や立ち振る舞いが落ち着いているところから見て結構な人生の先輩だろう。 と、言うのは大瀬の推理だが。 挨拶も早々に疲れているだろうからと大瀬を部屋の前まで案内し、カードキーを渡す。 「あまり失くさない様に気をつけてね。万が一紛失した場合は速やかに僕に報告。いいかな」 「はぁ…あの…」 「何かな?」 内心大瀬が気になっていた事が一つ。 「俺と同室のヤツって言うのは…」 どんな人ですか? 百聞は一見に等と言うが、これから自分と一緒に生活していくのだ。 少しくらいの相手の基礎知識は知っておきたい。まさか暴力的なヤツだったり、逆に根暗で電波なヤツだったりしたら、どう対処したらいいのかと少し不安げに林原を見詰めた大瀬はそう問おうとしたのだが。 「あぁ。甲斐君は一人なんだよ。丁度どの部屋もきちんと定員入っててね」 え? 「俺一人?」 「やっぱり一人じゃ寂しい?」 オウム返しに聞けば林原が眉を下げ、そう言うがそれに大瀬はブンブンと振り切れんばかりに首を振った。 「いや、全然寂しくないですっ!むしろ嬉しいくらいで!!」 大瀬のうちはボロアパート。 一応部屋らしき狭い寝床はあったものの、所詮ボロアパートと呼ばれる所。狭い壁に家の中の会話どころか、隣の家人の声やテレビの音等が聞こえていた為にどうにもプライベート等無縁な生活だったのだが、それが此処に来て一人部屋。 (やったっ…!!) 思わず小さく心の中でガッツポーズだ。 「良かった…じゃ、中に荷物は届いてるから、整理して。簡易キッチンなんかもあるから一応お茶とか簡単な食事は作れるよ」 「ども、有難う御座いました」 安心した様にまたニコリと微笑んだ林原も何かあったら連絡して、と大瀬を残しその場を後にした。 貰ったカードキーをドキドキしながら慣れない手付きで操作し、ニ、三度試行錯誤した結果やっと扉を開けた大瀬は靴を脱ぎ捨てるとすぐ目の前にあったソファへと大きくダイブ、同時にはぁーっと本日一番の溜め息を吐いた。 (…疲れた) シンっとした部屋に自分の息遣いだけが聞こえる。 此処に来るまで誰とも擦れ違う事も無かった事を思い出し、何かこの世界には自分一人だけしか居ない様な錯覚に陥るのに、大瀬は柄にもなく少しだけ眉を下げた。 しかし、そんな感傷じみた事を思っている場合では無いのもまた事実。 大瀬にはやるべき事があるから。 ゴロリと寝返りを打ち、ベージュを基調とした天井を見つ溜息を吐く。 学生寮と言う割には立派なつくりの部屋。壁も統一されたベージュの色合いにこのリビングらしき部屋もテレビやガラステーブル等ちゃんと揃えられている。 ちろりと見れば向かい側に扉が2つ。どうやら本来ならば2人部屋の様だ。 (まぁ…一人の方が何かと怪しまれないよな) 蝶を探さないといけない自分。 蝶といえば昆虫だ。 それを必死になって探す素振りは見せないつもりだが、もしもそれを他人様に見られてしまったら、ホームシックでおかしくなったか、電波なヤツだと言われかねない。 (虫取り網とか籠とか必要になるじかな…どっかで買わないといけないのか?) ソレくらいは用意してくれればいいのに。 愚痴が零れるが、そんな中大瀬の視界は段々と狭まり、霞み出す。 瞼が重力に従い流れ出すと、其のままこの部屋には静かな吐息が聞こえ出した。 甲斐大瀬。 体と精神からの疲れの為にブラックアウト。 ひらりひらり あ。 蝶だ。 キレイなキレイな蝶。 捕まえないと。 素手で大丈夫か? とりあえず手を伸ばさないと…。 「うわっ…!」 え? パチリと大瀬の眼が開いた。 瞬きする事数回。一瞬自分が何処にいるのか理解出来なかったが、それよりもだ。 自分の伸ばした手が眼に入る。 そしてその先に。
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