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掴んだ手にはしっかりと腕があった。
誰の腕?
寝起きの眼を何とか開き、それを確かめる様に腕に沿って視線を這わすと自分の寝ているソファの横から顔を出す男が居た。
男?
もう一度自分が掴んだ腕を見た。
この腕は目の前の男のもの。
ぱちぱちぱちぱち
「…誰?」
高速の瞬きの後に呟かれた大瀬の擦れた声がでる。
「お前こそ誰だ。此処は空き部屋だった筈だけど」
段々とクリアになる視界と思考に目の前の男とその声をようやく確認し、大瀬の眼がぐりんと大きく動いた。
(誰って…………人っ!!?)
ばっと自分の手をその腕から離す。
林原はこの部屋には大瀬一人だと言っていた。
だったら、同室者等は居ない筈。
それなのに、何故。
カードキーだってさっきテーブルに置いたのを覚えている。オートロックなのだから、締まれば外からは開かない筈なのに。
今。
ここに…
「な、何してんだよっ!だ誰ぇ!?」
裏返る声も其の侭に大瀬はガバリと跳ね起き、自分の顔を覗き込んでいた者へと向き直った。
此処の生徒だろうとは思ったが、同じ寮内でも不法侵入と言うのだろうか。
プライバシーの侵害?
色々な考えが浮かんでは、消えていく。
しかし、ふっと目の前の男の顔をまじまじと良く見れば、
(おおぉおお…!)
まさに上の上とはこの事、特上だ。
形の良い顔の輪郭から始まり、少し垂れてヤル気が無さそうには見えるがは、くっきり二重瞼にすっと通った鼻筋。
唇も何もしていないだろうが、つやつやとしたいい色合いに、これまた綺麗な形。
(こんなん、そこらの芸能人よりもいい面してるぞ…)
こんな綺麗な顔見なきゃ損だと言わんばかりに、大瀬は目の前の男の顔を凝視するが、その不躾な視線に男は形の良い眉を潜めた。
「…お前転入生とかか?」
(いい顔をしているヤツは声までいいのか)
ただの上書き的な考えと僻み根性かもしれないけれど大瀬にはそんな風に思えてしまう。
が、今はそんな事を考えている場合では無いのに漸く気付いた。
「そうだけど…つーか、お前は何で此処に居る訳?俺ちゃんと扉は閉めた筈だ。」
家に泥棒等入ったらとんでもないと鍵の開閉には煩い母から育てられた大瀬は、その辺の抜かりは無い。だったら、どうやってこの男は此処まで入って来れたのか。気になって仕方が無い。
「そっか…折角の溜まり場だったのにな…人が入っちまったのか」
「おい」
話を聞け。
大瀬の疑問にも答えずに男は一人不満そうに眉を潜めると大瀬の座るソファにどさりと腰を下ろした。
「おい、だから何でお前は…」
「つーか、お前転入って顔と一緒で中途半端だな」
「………」
殴ろう。
よし、殴ろう。
殴らせてください。
いや、むしろ殴るのが正解だろう。
じゃ、殴ってやろう。
「いい根性じゃねぇーかっ!不法侵入の上に人様の、しかもたった今会ったばかりの『初めましてぇ』のヤツの心を傷つけるなんて、その根性叩き直してやるわぁ!!」
ぐっと拳を握り、立ち上がった。
が。
ガチャリ
「何か賑やか…って、あれ?誰それ?」
あんたこそ誰?
新たに入ってきた侵入者に大瀬の心の声は聞こえない。
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