推しに認知されたくない

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そんな気持ちが 忍野君はいまいちわかっていないようでむっとしていた。 「ていうか、告白してきたのはそっちだろ。こうして避けるために告白したのかよ」 「その時は普通に男の子として好きでした。でも恋人になったと思った途端、改めて忍野君のこと考えてめきめき推したくなってきて、気付いたら推しに」 「気付いたら、推しに」 「推しになった途端、忍野君の隣にいるのが申し訳なくなったんです。だから避けてしまいました。お手数かけて申し訳ありません。忍野君に落ち度はありませんので」 「……つまり倉下さんは俺をアイドルみたいに思っていること?」 「神だと思っています」 忍野君は深く深くため息をついた。掴んだ手はゆるむことはない。でも私の正面から横へ移動する。そしてベンチに座らせて、彼自身も座る。恐らく自分の存在がプレッシャーを与えていると気付いたからだ。なんという神級の気遣い。 「倉下さんって、いつも好きなものにはそうなの?」 「はい。小学生の頃は猫を好きすぎてノイローゼにしてしまいました。中学生の頃は過去の経験を踏まえ、憧れの先輩を遠くから眺めるだけで、そのうち先輩は彼女を作りました。高校生の時は好きな俳優ができて認知されないようオタク活動に勤しみました。でも私も成長したのだし、もし好きな人ができたら深く考えないですぐに告白してうまく付き合おうと思っていました」 「それで俺に告白して、でもいつもみたいに推しになったというわけか」 なんという理解の早さの推し。 恐らく私は愛情が重いのだ。本気で愛情をぶつければ猫のみっちゃんみたくノイローゼにしてしまう。だから学習した。推しに気付かれないよう推す。彼氏ができたらうまくこの愛情を隠して付き合う。 大人になったのだからそんなことぐらい簡単にできると思ってた。 でもできなかったんだ。 忍野君は私のうつむいた横顔をじっと見つめている、気がする。推しの視線は高圧洗浄機並の威力があるというのに。 「話変わるけど倉下さん。最近、キレイになった?」 「へあっ」 「いや、正直そんな複雑な気持ちで逃げ回っているなら悩んで寝不足になって肌荒れてそうなもんなのに、なんかツヤツヤしてるからさ」 別に忍野君の発言に深い意味はない。ようは『そんな悩んでるようには見えない』と言いたいのだ。でも私の心臓は跳ね上がり、落ち着かせるのに苦労した。 「お、推しがいると、キレイになるものですので」 「えっ、そういうものなの?」 「精神的な安定から夜九時には眠ります」 「良い子の睡眠時間だ」 「推しの名に泥を塗るわけにはいけないと、美容も頑張ります。ドラッグストアで全部の化粧水を買って、全部試したりもしました」 「それ、すごくお金がかかるんじゃ……」 「忍野君は公演も遠征もグッズ展開もないのでこの程度何ということもありません。むしろもっと貢がせて欲しいです」 いけない、認知されずに貢ぎたいのにそれを本人に言ってしまっては意味がない。でも忍野君は大学に行けば会えるし、なんという奇跡か彼女という立場がご用意されてしまったし、貢げなくて不満だから自分を磨く事にしか使えない。
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