推しに認知されたくない

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7日前、友達に誘われてはいったサークルで、忍野君という人に出会い一目惚れをした。 6日前、サークルの空気なんて読まず忍野君に告白してOKをもらった。 5日前、そこから私は彼から逃げ出した。 4日前、3日前、2日前、1日前と逃げまわり、 そして今日、忍野君につかまった。大学近くの公園まで逃げ切ったのに、腕を掴まれた。女性が男性に腕を掴まれている状況とはいえ、私達の雰囲気から痴話喧嘩とみられているようだ。通りすがりの誰もが気にもとめない。 「倉下さん、なんで逃げるの。俺なにかした?」 忍野君は逃さないと私の手首を掴んで問い詰める。その手はとても熱く、顔も赤いようで彼がどれだけ私を探していたかわかってしまう。感情の薄そうな彼がここまでするのは意外だった。 でも付き合いだしたばかりの彼女が避けだしたら、こう問い詰めたくもなって当然だ。自分になにか悪いところがあったのではないかと真面目な人なら悩むだろう。 でもごめんなさい。忍野君は全く悪くないんです。 「忍野君が推しになっちゃったから……」 「……は?」 私の意味不明な言動のせいで忍野君は一瞬手首の力を緩める。だから私も逃げ出そうとするけれど、忍野君はそうはいかないと手首をつかみ直す。やっぱり逃してはくれない。これはいけないと私は考えていることそのまま。忍野君にぶつける。 「わ、私、推しに認知されたくないタイプのオタクなんです!」 推し。それは二次元や三次元にいる、その人の好きなもののこと。 認知。それはアイドルや俳優が何度も会いに来るファンの一人を覚えてしまうこと。 私は推しに認知されたくない。 「忍野君の視界に私が入ってはいけないし、忍野君の頭脳を私のために使ってほしくないです。こうして話して触るのだって禁忌! やってはいけない事です!」 「なんで敬語? 一週間前まで普通だったのに」 「推しにタメ語は使えません!」 一目惚れをした時は忍野君に対して普通に恋愛感情を持っていた。それが告白にいい返事をしてくれて、恋人になって、そしたら一目惚れした時以上に忍野君が輝いて見えた。ああ、これは推しを見つけた感覚だ。そう気付いたときにはもう遅い。私は忍野君を推していた。そして避けだした。 きっと多くの人は私の気持ちなんてわからないだろう。でもこういうファンはわりといる。ずっとその人を見ていたいし支えたい。けど私の気持ち悪い愛情を知られたくない。こんな気持ち悪い私がファンである事を知られたら推しに迷惑をかけてしまう。なにより実際に推しに語りかけられたらその衝撃で死んでしまうから無理。 そんな思いから私は忍野君に認知されたくない。
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