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稀はレイの部屋に来ていた。
2035年創業の老舗洋菓子店から取り寄せたエクレアに紅茶が添えられたテーブルで、向かい合わせに座りながら窓の外を眺めていた。
「やっぱ晴れた空は気持ちがいいよね」
「そうですか?どっちでもいいですけど」エヘ
レイは鴨居の一軒家で培養した後藤のクローンを無事に育てあげ、後藤が出ていくと一人で世田谷区のヒューマノイド居住区に住んでいた。
「お兄ちゃんはまだ山根区から出たがらないようでしたか?」
「そうねー。あいつ馬鹿だから。いや、馬鹿だった思考がそのままクローンに移植されたから?ま、どっちでもいいや…たぶんずっといるんじゃない?」
「ですよねー」ヘヘ
「てかさぁ、レイちゃんにまで『山根区』が浸透しちゃってるのね」
稀はエクレアの最後の一口を飲み込んでからそう言った。
「都庁が国分寺に移転してから一気に治安が悪くなりましたからね。雨が止む可能性はかなり低いです。いろんなデータから統計すると…あと8年くらいは最下位かな」
「やまない雨を皮肉ってるうちに、雨がやまねぇってことで山根区って呼ばれてるの、今の人達は知ってるのかしら」
「どうでしょー。あ、エクレアもう一つ頼みますか?」
稀の手持ち無沙汰な手を見てレイが聞いた。
「いや、もういいよ。最近ちょっと内蔵の調子が悪くてね」
「あー、稀さんの内蔵は確かもう廃盤でパーツのストックも…あ、北九州の中古屋さんに一つだけ在庫ありになってますよ?」
「いや、もういいのよ。レイちゃんが羨ましい」
「お兄ちゃんが作ってくれた身体ですからねー」
「てか、お兄ちゃんて呼び方、馴染めなくない?」
どうでしょーとレイは顎のホクロを指で触りながら再び外に目を移した。
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