涙の雪吹雪

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 ────不思議な話、ですか。  どうするんですか、そんなこと訊いて。考古学の授業に関係します? 関係しない? だったら先生のただの趣味ですか。  本を執筆? 先生、作家なんですか? まだデビューはしていない? はぁ、そうなんですか。で、不思議な話を訊いて回ってるって? そういう系の話を書くんですか? まぁ、別にいいですけど……  不思議な話ねぇ……不思議な話。  ──……何年前になるかなぁ、大学の2年か3年。僕ね、登山が趣味なんです。夏山も冬山も好きで。気持ち良いですよ、登山。あの達成感と爽快感はなかなか他では味わえない。先生も機会があれば是非。  僕ね、独りで登るのが好きなんです。サークル組んで登る連中も居ますけどね、僕はそりが合わないんですよ。最初から最後まで自分のペースで登りたいし。  ある年にね、冬山に行ったんですよ。低くはないけど、まぁそこそこの山で。それなりの装備で山に入ったんです。  山の天気は変わりやすいって云うでしょ? 本当にその通りなんですよね。だからどんなに低い山でも、侮っちゃ駄目なんですよ。その時はもとより山頂で夜を越すつもりしてたんで、それなりの装備で入りました。  順調に登ってたんですが、途中から吹雪いてきたんです。あー、崩れてきたな、と思って、山小屋に急ぎました。ビバーク(緊急夜営)するのは嫌だったんで。ところがね、歩いても歩いても、山小屋が見付からないんですよ。もちろん場所は知ってましたよ。方位も合ってる。いくら吹雪いていても身体が判ってるんですよ。充分到達出来る距離を歩いてもきた。なのに、山小屋に行けない。  さすがに焦りましたね。このままじゃ本当にビバークだ。そりゃそれなりの装備はしてきましたけどね、わざわざ吹雪の中で僕はビバークしたいとは思わない。  そんな中、山小屋にやっと辿り着きました。山小屋っていっても粗末な小屋ですよ。本当に吹雪や雨を凌いで寝るだけの小屋。まぁ、こっちも立派な宿なんか期待してないんでそれでいいんですけどね。  室内(なか)に入って荷物を下ろして雪を払って、ちょっと一息ついたところで気が付きました。  室内には先客が居たんですよ。まったく気付きませんでした。隅に座ってたじいさんでね、まるで時代劇に出てくるような古臭い格好で。どうやってこの冬山を登ってきたのか疑うような軽装で居て、ちょっと薄気味悪かった。  こんなじいさんと一緒に一晩ここに居なきゃいけないと思ったらうんざりしましたね。僕は独りで居る方が楽なんで。まぁ、それでも仕方がない。外は酷い吹雪。そこいら辺りから強く冷たい隙間風は容赦なく吹き込んでくる。それでもビバークよりはましです。  栄養補助食品を食べて、簡易シーツを身体に巻き付けて寝転がりました。じいさんと仲良く話すこともないし、体力も回復させないと。何時間も遭難したような疲労を感じてたんですよ。  どれくらい経ったころかなぁ、何か聞こえた。  吹雪の音に混じって、何か声が聞こえる。女の甲高い泣き声。一回声だって認識すると、もう誰かの声にしか聞こえない。おまけに目が冴えちゃってもう眠ることも出来ない。起きるしかなかったんですよ。  起き上がって、首を回したりしてたらじいさんと目が合ったんです。意外にね、小屋の中って明るいんですよ。もちろん電球ほどの明るさはないけど、外の雪の明るさで薄ぼんやりした明るさがある。その中でじいさんと目が合う。結構ね、ゾッとしますよ。  じいさんは僕が寝る前と同じ場所で同じ姿勢で居た。  じいさんはね、眠っている僕をずっと見ていたんです。
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