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あのまま店から出たりしたら、逮捕と言うか、捕獲されそうな見た目だった。それが、何となく優太には心配だった。
「あぁ、大丈夫だよ。銀を見せれば一発で戻るから」
「んな雑な……」
「ということで、君の心配は無用! だから、明日からここに来てね」
話が脱線してしまって忘れていたが、そういえば優太は何やら謎のスカウトをされていた所だった。
「お、俺はここで働くなんて一言も……!」
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は九条 紺だよ。気軽に九条って呼んでね」
「えぇ……ちょっと……」
「あと、これは制服ね」
九条がそう言って渡してきた紙袋には、バーテンダー服が入っていた。
「仕事は二十時からで、お店は二十一時から。君……そうだなぁ。優太くんはちょーっと呼びづらいから、ユタくん」
「んな、沖縄の霊媒師みたいな……」
「さっきから思ってたけど、物知りだねぇ、ユタくん」
どうやら、九条の中ではユタという呼び方で定着してしまったらしい。
この数時間の間で分かった九条の性格からすると、こうなってしまっては何を言っても無駄そうなので、優太は早々に諦めた。
「ユタくんには、カクテルとか料理はさせられないから、基本的に掃除と皿洗いと接客をしてもらう感じになるかな」
「お、俺に接客なんて……!」
「物知りだし、今までのやり取りからすればイケるよ」
「でも……」
「時給二千円」
九条のその一言で優太は黙った。
時給二千円なんて、破格だ。
それに何より、優太は仕事を辞めてからというもの、僅かな貯金を切り崩して生活していたのだが、その貯金もそろそろ底を尽きようとしていた。
かといって、厳しい父親がいる実家には頼りたくなかった。
率直に言えば、優太は金が欲しかった。
「終わりは大体丑三つ時が終わる、午前四時くらいまで。お客さんが来なくなれば早めに終わることもあるけど、逆にお客さんが残っていれば遅くなることもある。でもその場合はきちんと残業手当をつけるよ」
「……」
「八時間労働で、そんなに忙しくないお店だし、お客さんがこない限りは休憩し放題。飲み物も飲み放題で、賄いつき」
賄いつき、に優太は揺らいだ。
「賄い……とは」
「今日、ユタくんが食べたようなものだね。お酒も呑んでいいよ」
何を隠そう、優太の胃袋は完全に九条の料理に掴まれていた。
それに、好条件の数々。
人外ばかりが集まるバー、という点を除けば、何の文句の付け所もない仕事だった。
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