case.2 酒呑童子

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 あのまま店から出たりしたら、逮捕と言うか、捕獲されそうな見た目だった。それが、何となく優太には心配だった。 「あぁ、大丈夫だよ。銀を見せれば一発で戻るから」 「んな雑な……」 「ということで、君の心配は無用! だから、明日からここに来てね」  話が脱線してしまって忘れていたが、そういえば優太は何やら謎のスカウトをされていた所だった。 「お、俺はここで働くなんて一言も……!」 「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は九条(くじょう) (こん)だよ。気軽に九条って呼んでね」 「えぇ……ちょっと……」 「あと、これは制服ね」  九条がそう言って渡してきた紙袋には、バーテンダー服が入っていた。 「仕事は二十時からで、お店は二十一時から。君……そうだなぁ。優太くんはちょーっと呼びづらいから、ユタくん」 「んな、沖縄の霊媒師みたいな……」 「さっきから思ってたけど、物知りだねぇ、ユタくん」  どうやら、九条の中ではユタという呼び方で定着してしまったらしい。  この数時間の間で分かった九条の性格からすると、こうなってしまっては何を言っても無駄そうなので、優太は早々に諦めた。 「ユタくんには、カクテルとか料理はさせられないから、基本的に掃除と皿洗いと接客をしてもらう感じになるかな」 「お、俺に接客なんて……!」 「物知りだし、今までのやり取りからすればイケるよ」 「でも……」 「時給二千円」  九条のその一言で優太は黙った。  時給二千円なんて、破格だ。  それに何より、優太は仕事を辞めてからというもの、僅かな貯金を切り崩して生活していたのだが、その貯金もそろそろ底を尽きようとしていた。  かといって、厳しい父親がいる実家には頼りたくなかった。  率直に言えば、優太は金が欲しかった。 「終わりは大体丑三つ時が終わる、午前四時くらいまで。お客さんが来なくなれば早めに終わることもあるけど、逆にお客さんが残っていれば遅くなることもある。でもその場合はきちんと残業手当をつけるよ」 「……」 「八時間労働で、そんなに忙しくないお店だし、お客さんがこない限りは休憩し放題。飲み物も飲み放題で、賄いつき」  賄いつき、に優太は揺らいだ。 「賄い……とは」 「今日、ユタくんが食べたようなものだね。お酒も呑んでいいよ」  何を隠そう、優太の胃袋は完全に九条の料理に掴まれていた。  それに、好条件の数々。  人外ばかりが集まるバー、という点を除けば、何の文句の付け所もない仕事だった。
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