case.2 酒呑童子

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***  二十時少し前、優太が「close」という看板が掛けられた扉をそうっと開けると、カウンターに立っていた九条が「来たね」と嬉しそうに笑った。  何だか、すべてを見透かされていたみたいで気持ちが悪い。けれど、不思議と嫌ではなかった。 「……制服まで貰ったのに、来ないのは悪いかと思って……」 「あぁ、制服のサイズ、どうだった?」  九条は近寄ってくると、優太が羽織っているコートのチャックを下ろした。 「うん。サイズも良さそうだし、似合ってるね……でも、ユタくん」 「はい」 「その長い前髪だけ何とかしようか」  九条はそう言うと「ちょっと待ってね」と言って裏に入っていったかと思うと、 「これ、僕が使ってるやつだけど気にしないよね」 と言いながら、ヘアゴムを持ってきた。 「ちょっと屈んでくれる?」  九条は優太よりも背が低い。  言われるがままに少し屈むと、九条は優太の前髪をヘアゴムで纏めあげた。 「あははっ、似合うね」 「いや、笑ってるじゃないですか!」 「そんなことないょ……ぷふっ」  九条がそう笑いながら差し出してきた鏡を見て、優太も笑った。 「こんなに似合わないことあります?」 「いやいや、似合ってるって」 「笑いながら言わないで下さい」  とはいえ、優太としては髪を切るつもりもないので、そのまま仕事を始めることにした。 「じゃあ、まずは外の掃き掃除してきてくれる?」  九条はそう言いながら優太に真新しい箒とちり取りを渡した。 「おニューですか?」 「うん。今まで、僕の尻尾で掃除してたからね。白い尻尾が黒くならなくなって助かるよ」 「尻尾!?」 「うそうそ。ユタくんが今日から使うからって思って新調したの。じゃあ、よろしくね」  九条は嘘とも本当とも分からない冗談らしきものを言いながら、裏に入っていった。  ──キツネは人を騙すと言うけれど、九条さんも騙したり冗談を言うのが好きなのだろうか……。  昨夜出逢ってからというもの、ずっと九条というキツネに騙されて続けているような気がする。  狐に(つま)まれているような感覚とは、こういう感じなのだろうか。  実際、九条はキツネなわけだし、今の優太にはピッタリな言葉なのかも知れない。  優太は掃き掃除をしながら、改めてバーの外見を見た。  どこかレトロで、でも古くさい感じを出さないお洒落な店。普通に人間の為の店としてあったとしたら、隠れ家的な感じで繁盛するだろう。  そこでふと、優太は不思議に思った。
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