case.3 淫魔

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 ロウはそう言うと、いつもの一番奥の席に向かいながら、一番手前の席に座っている天に向かって「おぅ」と挨拶をした。  それに対して、天はロウをちらりとは見たけれど、何も言わなかった。  毎日そんな風なので、初めのうちはロウの事が嫌いなのかと心配になったが、これが天なりの自己防衛方法なのだろうと九条が言っていた。 「酒を飲まされ、身の上話をしたあとに裏切られて首をはねられたことがある天くんからすれば、お酒も、話しすぎも敵なんだよ。それでもお酒を飲むところは、酒呑童子所以だろうね。 ユタくんときちんと言葉を交わすのは、ユタくんのことを心から信頼してる証だよ」  一週間くらい前、閉店後の薄暗い店内で九条がそう言いながらどこか寂しそうに眉を下げたのを、優太は覚えている。  ──天さんがいつか、俺以外にも心を開いてくれればいいな……。  ロウもそう思っているのか、毎日無視をされようても気を悪くすることもなく、毎日天に挨拶をしている。  九条も懲りることなく天に話しかけ続け、その甲斐あってか先程のように、九条が言うことには少しずつではあるが、反応するようになってきている。  ロウの事も初めのうちは見もしなかったのだから、それに比べれば凄い進展だ。  それに九条とロウが少し嬉しそうな顔をしている事に優太は気付いているが、決して口にはしなかった。 「ユタは仕事にはだいぶ慣れたか?」 「はい、お陰さまで」 「そうか。……九条には苛められてないか?」 「ロウ、それ毎日ユタくんに聞いてるけど、僕、ユタくんを苛めたりしないからね?」 「わかんねぇだろうが」 「あ、苛められてるわけではないんですけど……」  優太はいい機会だと思い、優太が抱えることになってしまった問題──店の名前の件を話した。 「……ということなんですが、俺にはネーミングセンスがないから考えられないんです」  しかし、それはロウと九条の笑いの元にしかならなかった。 「あっははははっ! それは災難だな、ユタ!」 「企画の名前も通らないほどのネーミングセンスの持ち主とは……これは逆に楽しみだねぇ」 「ちょ、楽しまないで下さいよ、二人とも!!」  優太としては切実なのに、笑うとか酷い。  助けを求めて優太が天を見ると、あろうことか天までカウンターに突っ伏して笑っていた。  優太の味方は、その空間にはいなかった。  ──……苛めだ……!
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