case.3 淫魔

6/11
前へ
/75ページ
次へ
「いや、本当に。それインキュバスだから、捕まったら生気吸いとられて死ぬよ」 「い……インキュバ……?」 「やーね、生気じゃなくて、精気(・・)よ♡」  おネエさんはそう言いながら、カウンターに身を乗りだし、優太の鼻の頭をツンと突ついた。  それを受けた優太は、身体中に悪寒が走るのを感じた。  ──く、九条さんが言っていたのは、こういう事だったのか……! 「すみませ……っ! やめてくださ……っ!」  優太は悲痛な声を上げた。  しかし、おネエさんはそんなことには構わず、その化粧の匂い漂う顔を更に近づけてきた。 「あらぁ、恥ずかしがらなくていいの……いでぇっ!」  その時、おネエさんが突然、悲鳴を上げながら膝から崩れ落ちた。 「え……」  一瞬、何が起きたのか、優太には分からなかった。  しかし、おネエさんが崩れ落ちた向こうに見えたロウと天の姿と、頭を抱えて痛がるおネエさんの姿を見て、何が起きたのかを察した。 「「ユタを困らせんな!!」」  そう、拳を構えたまま言う二人の姿が、優太にはヒーローに見えた──……。 *** 「ユタくん、驚かせてごめんね」  ロウと天の鉄拳制裁により、おネエさん騒動がようやく落ち着いたところで、九条が苦笑いを浮かべながら言った。 「いえ……」  おネエさんはというと、ロウの隣の席でまだ頭を抱えていた。どうやら、相当痛かったらしい。 「そもそも、九条がユタを生け贄にするからいけないんだろ」  ロウが優太に代わって反論した。 「いや、ほんとごめんね。でも、それくらい嫌だったんだよ……いくら攻撃しても効かないし、気持ち悪いし」  九条がズケスケとそう言ってのけるのに、優太はもう何も言わなかった。  あの短時間で、その気持ちが分かったからだ。  その代わりに、優太は気になっていたことを九条に聞いてみることにした。 「あの……さっき、おネエさ……じゃなくて、あのお客様の事を『インキュバス』って言ってたんですけど、何のことなんですか?」 「あぁ、インキュバスっていうのは、淫魔のことだよ。ほら、聞いたことない? 色仕掛けをして精気を奪って行く悪魔の話」 「ああ、サキュバス的な……?」 「そうそう。サキュバスとインキュバス、根本的には一緒だよ。でも、サキュバスは女性型の淫魔の事で、インキュバスは男性型の淫魔の事を指すんだよ」 「へー……」  優太は改めて、おネエさんの事を見た。 「……で、あの方はそのインキュバスであると……?」 「そゆこと」 「……」  優太は思わず黙ってしまった。  優太の思う淫魔──優太が元々知っていたのはサキュバスで、インキュバスではなかったけれど──と、目の前のおネエさんのイメージがかけ離れすぎていて、頭が付いていかなかった。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

156人が本棚に入れています
本棚に追加