case.3 淫魔

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「ちょっとぉ! 何で突然"一色さん"呼び? やめてよぉ~!」  おネエさんが頬を膨らませながらそう言うと、九条が「あ、ごめん、防衛本能が出たみたい」と笑ってから「マオ」と呼んだ。  ──やっぱりそうだ。  たぶん、口では何だかんだ言っているけれど、この三人はきっと本当は仲のいい人達なんだと、優太は思った。  もっとも、九条とロウにそんなことを言おうもんなら、死に物狂いで嫌がるのだろうけれど。 「まぁ、簡単に言うとマオがここに来た時点で、マオが失恋したって分かるわけだよ」 「あらまぁ、失礼しちゃうわね。アタシがそんなにフラれると思ってるわけ?」 「違うの?」  九条がおネエさん……改めマオにそう聞くと、マオは「まぁ、そうなんだけど」と答えた。 「で、どんな子だったの?」  九条はウォッカにティーパックを入れ、クルクルとかき混ぜた。すると、透明だったウォッカが徐々に綺麗な青色に染まり始めた。  優太が思わずそれに見惚れていると、マオが「あら、新人さんが説明を求めてるわよ」と言った。 「あ、いえ、そういうわけでは……っ!」 「これはね、マロウブルーっていうハーブを使ったカクテルなんだよ。マオ──このお客さんの好物なんだよ」 「マロウブルー……」 「マロウブルーの特徴はひとつ」  そうこう言っているうちに、海のような綺麗な青に染まりきったマロウブルーを、九条はマオの前に差し出した。 「見ててごらん」  言われるがままにマロウブルーを見つめていると、先程まで真っ青だったカクテルが、紫色に変化し始めた。 「わ……色が変わった!」 「で、更にここに……」  九条はカウンター下の冷蔵庫からカットレモンを取りだし、皿に乗せてマオの前に差し出した。  それをマオが受け取り、マロウブルーの上で絞ってマドラーでクルクルとかき混ぜると、先程までアメジストのような紫色だったカクテルが、みるみるうちに桜みたいな美しいピンク色に染まった。 「え、何で?」 「凄いわよね、コレ。アタシも初めて見たとき、ビックリしちゃったわよ!」  マオも興奮気味に声を上げながら、マロウブルーを見つめ、そしてぽそりと 「アタシみたいよね」と言った。 「それって、どういう……?」 「アタシは基本的には男で女の子の事が好きなんだけど、でも男の子の事が好きなのも事実で、女の子みたいな気持ちもある。お洒落にも、お化粧にも興味があるわ。つまり……男でもあり、女でもあるのよ」  マオは「おかしいわよね」と自嘲気味に笑った。
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