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「……でも、どっちにもなれるって凄いと思います」
「そうね。アタシもさっきも言ったように、ある意味最強だと自負しているわ。それに嘘はない。でも、インキュバスは色仕掛けして、精気を奪ってこそのインキュバス。色仕掛け出来なければ、意味がない」
「……」
「けど、こんな格好しているから、人に変態扱いされるのは当然よね。色仕掛けどころではないわ」
そう言って、マオは小さく「アハッ」と笑った。
「それでも、アタシはこの格好をやめる気はなかったのよ。好きでやっている事をやめる必要なんてないと思ってたから。でも……」
「やめようと、思っているのかい?」
九条が不意に、口を挟んだ。少し、責めるような、そんな口調で。
マオはそれを否定することも肯定することもなく、話を続けた。
「アタシ、しばらくここに来てなかったでしょ? 実はね、彼女が出来たからだったのよ」
「へぇ、どんな子?」
「大学生だったんだけど、真っ直ぐで、アタシのこの姿を見ても全然引かなくて、他の周りの人にアタシの事で何かを言われても、人は見た目じゃないって言って突っぱねちゃうような子だったわ。逞しくて頼もしい子だったけど、敵を作っちゃわないかってアタシはいつも心配してた」
マオは言いながら、愛しそうにマロウブルーが入ったグラスの縁を撫でた。
「アタシはそんなあの子の事が大好きで、あの子もこんなアタシの事を好きだって言ってくれて……出来ることならずっと、一緒にいたいと思ってた。でも、そんなに上手くは行かないものね……」
マオはそこで、口をつぐんだ。静寂がバーを包み込む。
優太はその空気に堪えられず、思いきって
「……別れちゃったんですか?」と訊ねた。
「ええ。相手の両親に反対されてね」
「そんな……」
「本当は、親御さんとはきちんとした男の格好をして会うつもりだったのよ。でも、彼女とデートをしてる最中に偶然、会っちゃったのよ。で、猛反対されて……けど、アタシは何も言い返せなかった。反対したくなる親御さんの気持ちも、分かるから……」
マオは長い睫毛が付いた目を、そっと伏せた。
「でもまぁ、それだけならまだよかったのよ。だけど彼女は、心配した親御さんに半ば強制的に大学を辞めさせられて、実家に帰らせられちゃった。……勉強好きだったのに、アタシがこんなのなばかりに……」
「……」
優太は、何も言うことが出来なかった。
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