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「何を飲む? オススメでいい?」
バーテンダーは優太がビール以外の酒に詳しくないのを知ってか知らないでか、そう言ってくれる。
「あ、はい」
「じゃあ、少し待っててね」
バーテンダーが酒を作ってくれている間、優太は改めて店の中を見回した。
カウンターは木製で、椅子はよくバーで見かけるような、高くて丸い、クルクル回るやつ。
照明はカウンターの上とカウンターの中にある棚のお酒を照らす間接照明だけで、店内は薄暗く、でも暗すぎずの丁度いい塩梅に調整されている。
うっすらと何処かから聴こえてくる音楽がしっとりとしたジャズで、耳に障らない。
──静かで、お洒落な店だな。
前働いていた職場の関係で何度かこの手の店に入った事があるが、その中でもずば抜けてこの店は洒落ていた。
ふと、そこでバーテンダーが何故優太の事を「珍しい」と言ったのか分かった。
すっかり忘れていたけれど、優太はスウェットにコートという格好だった。
こんな格好でこんなバーに来る人なんて、普通はいない。
「あ……すみません。こんな格好で来ちゃって……」
優太は思わずバーテンダーに謝った。
こんなお洒落な店に、スウェット姿の男なんて、似合わないにも程がある。
それこそ、他のお客さんが来たら自分の姿を見て落胆してしまうのではないかと思うほどに。
しかし、バーテンダーは
「いや、いいんだよ。好きな格好で来るといい」と言った。
「でも……」
「それより、お酒出来たよ。帰るとしても、これ飲んでからにしてね」
そう言いながらバーテンダーが優太の目の前に置いたのは、ロックグラスに入った茶色の飲み物だった。
「……ウイスキー?」
「ウイスキーと梅酒を合わせて作ったカクテルだよ」
「ウイスキーと梅酒ですか!?」
はじめて聞いた組み合わせに声をあげると、バーテンダーが「ははっ」と笑った。
「そう。ウイスキーと梅酒を半々で入れて、そこに炭酸水をいれたもの。ストレス発散と、食欲増進に効果があるんだよ」
バーテンダーはそう言いながら冷蔵庫を開けると、「これはサービスだよ」とローストビーフのようなものを出してくれた。
「君、食事をまともに摂っていないだろう?」
「……何でそれを」
「顔が少し白くて貧血ぎみみたいだし、痩せているからね。食べないと、ちゃんと寝れないよ」
バーテンダーはまるで優太の心の中を覗き込んでいるかのように、優太の悩み──食べれない、眠れないをスラスラと言い当てた。
「エスパーですか?」
「まさか。取りあえずそれ、飲んでみてよ」
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