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思い出しただけでバーの重厚なドアの下から冷気が流れ出してきているようで、ぞくりと背筋が凍った。もちろん、錯覚に過ぎないのだが『あの男』にはそう思わせるだけの存在感がある。
我が社の社長は、優しげな雰囲気のイケメンだ。日本有数の大企業、高輪グループの後継者で現会長の長男で人柄も穏やか。社内外関わらず、憧れる女性は多い。
井筒先輩が、高輪社長狙いなのは知っていた。そして、その社長に近づくためには、『あの男』が邪魔なのもよくわかる。だがしかし。
「だからって……」
……やっていいことと悪いことって、あるでしょうが! ってか普通、思いついてもやらないよ!
私を逃がすまいとしている手とは逆の手に、小さな小瓶が握られている。先輩は人差し指と親指でそれを挟んで、私の目の前に掲げていた。
――天使の媚薬。
これで『あの男』をこのバーから引っ張り出せというのだ。待ち合わせている高輪社長が、ここに来る前に。
っていうか、媚薬を盛った上で彼氏のチャンスって、つまり既成事実を作ってしまえってことだろう。え、それって、犯罪にならない? なる?
突っ込みどころが多すぎて、もうどこから突っ込めばいいのかわからない。
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