吉良邸討ち入り

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 小鶴(こつる)は吉良邸討ち入りの前日、風呂で身を清めていた。    小鶴は甲賀流のくノ一で、男子として身を変え、身分は足軽として働いていた。通り名を寺坂信行(てらさかのぶゆき)という。これは浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)から賜った仮の名で、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)から吉良上野介(きらこうずけのすけ)邸討ち入りの連絡役として身のこなしのよい小鶴が抜擢された。   「小鶴殿……。どうするのだ。その後は……」    外から大石内蔵助の声がした。小鶴が入浴する時は必ず大石が火吹きを担当することになっていた。   「……どうすると……。私は、皆と……」   「主君の仇を討つ。例え正しいことをしても、大勢で人を殺めるのだ。我らの処分は決まっておる」   「処分……、せ、切腹……」    自分で腹を切る切腹は、その者が己で責任を取るという意味があった。   「潔く身を散らせるのは、我ら武士の本望だが……」   「……なら、私も……」   「足軽……身分が足軽の者は切腹にはならんのだ」  ――斬首か磔……。     身体が震えた。小鶴は武者震いだと念じ、腹に力を込める。  
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