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元禄十五年十二月十五日の未明。星々が瞬いていた。雪を被った吉良上野介邸の松の枝がたわみ、音を立てて雪を落とした。
ヒューと風を切るような小笛の音がした。それは余りにも自然な風のような音色で、油断すると聞き落としそうだ。その音が四方から鳴り始め、まるで笙の音色のように奏で始める。主君浅野内匠頭の仇、吉良上野介を討ち取ったという合図だ。周囲の者が小走りで音の中心へ動き始めると、剥き出しになった玉砂利を踏み締める音が徐々に増え、遠ざかる。
――終わった……。
小鶴は天を仰いだ。 昨日までの雪が嘘のように、金や銀の星々が瞬いていた。何名の敵を打ったのか、刀の刃が毀れている。
「急ぐぞ……」の大石主税の声で小鶴はその方向に向かった。
ドスッ!
鎹で打ち付けた長屋の戸が蹴破られた。闇の中から何者かが飛び出してきた。キラリと銀の光が走る。
「チッ、往生際の悪い奴……」
堀部安兵衛の野太刀が空を切った。銀色の光が一筋走る。と、絹の着物の男の腕が血飛沫を噴きながら小鶴の目前に転げ落ちた。
高提灯に照らされた雪は不気味に赤黒く染まっていた。あちらこちらに吉良家の家臣たちの遺骸が転がり、手負いの者たちが空気を探すようにもがき苦しんでいる。
物置小屋らしき場所に、二体の遺骸。その横に白い絹の小袖を羽織った首のない遺骸が仰向けに横たわっていた。額に刀傷のある総髪の老人の首は大石が胸元で抱えている。
絹の着物を着た吉良の家来らしき男を呼びつけた。
「これは貴殿の主、吉良上野介殿に間違いないか? 嘘をつくといいな……」
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