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今にも雪が降ってきそうな重苦しい雲が月を隠した。赤黒く染る雲が水に溶かした墨のようで不気味に見える。とても底冷えがする夜だ。小鶴は吉良邸討ち入りの一部始終を詳細に伝えるため、播州赤穂に向かっていた。
何処かから吉良家討ち入りの仔細を伝える瓦版売りの声が聞こえる。
――播磨赤穂藩の浪士、吉良邸討ち入り……か。
身体が震えた。
「大石殿……同志たち……誠に済まぬ」
小鶴はその場に立ち止まり、笠を置き静かに手を合わせた。
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小鶴は一里塚に笠を置き、松の根元の雪を払いそこに腰を下ろす。宿屋でもあるのか、一面に石畳が敷かれたその峠の麓にはぽつりぽつりと小さな明かりが見える。荷馬車がガシャガシャと軋むような音を立てながら、足早に遠ざかる。
「日本橋から二十三里か」
辺りの枯れた草がカサカサと揺れた。女の一人旅はとても危険だ。このままでは危険だと、小鶴は討ち入りのあとに身に着けていた火消し装束をどこかの山中に捨て、男性のような旅装束に変え、顔は笠で隠していた。
ヒュッと何かが風を切る音がした。
「はっ……」
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