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中学校からの帰り道、私は、自転車に乗った同級生の高品くんに声をかけられた。
「あれ、放課後は初めて会うな。いつも一人で帰ってるのか?」
帰宅部の私は、明るいうちに学校を出ることができるので、特に怖いこともないし大丈夫なのだと説明する。
「高品くんこそ、こんな早い時間に帰ってるの、珍しいんじゃないの」
「俺はちょっと足痛めて、サッカー部を早退。今週だけな」
高品くんは自転車の荷台を指さし、
「乗るか? この道ってことは、あそこの団地?」
と訊いてきた。
「そう、あの三階の端……だけど、いいよそんなの。足を痛めている人と二人乗りは怖い。私のことはいいから、早く帰りなよ」
高品くんは笑って、
「そりゃそうだな。教室でもいつもそうだけど、クールだよなあ。じゃ、また明日な」
そう言うとそろそろとペダルを漕ぎ、ゆっくりと遠ざかっていった。
ワイシャツ姿の背中を、立ち尽くしたまま見送る。
なぜあんな言い方しか、私はできないのだろう。
本当はあなたの足が心配だからと、なぜ素直に言えないのだろう。
クール? どこが? 少し話しただけでこんなに息が苦しいのに。
高品くんの後ろ姿が、街並みの中に消える。それから私は、ようやくまた歩き出した。
古い団地の三階の廊下をコトコトと歩き、家のドアを開けると、目の前の居間に「父」が転がっていた。
「父」は全身紫色で、人間ではないので手足はないし、体には目立つ凹凸もない。巨大ななまこに見えないこともない。ただ、大きさだけは人間の大人くらいあるので、狭い家の真ん中で転がられていると邪魔だった。
居間の窓を開けると、初秋の風が穏やかに居間の中に吹き込んできた。
着替えようと思って子供部屋のふすまを開けると、私と同じ部屋を使っている一つ下の弟が、白い糸のようなものでぐるぐる巻きになって寝そべっていた。まるで、適当にちぎられて細くなった綿菓子のようだ。
「……何してるの、あんた」
中学一年生になるというのにまだまだ小さな体躯の駿矢は、そうしているとおもちゃみたいだ。
「あいつを追い出そうとして、返り討ちにあった」
「あいつって」
「ふざけんなよ、なんであれを平気な顔で受け入れてんだよ。そりゃ姉さんはいつでもむっつり無表情だけど、感情までないわけじゃないだろ」
「一言多いのよ。ちょうどいい、着替えるからそのままこっち向かないで」
「……中学生にもなって、俺と同じ部屋で着替えるなよな……」
「駿矢はシスコンだと、私は思う」
手早く制服を脱いで、部屋着に着替える。うちにはエアコンがないので夏は常時窓を開けっぱなしにしており、明るいうちに窓とカーテンを閉めるのはこの時だけだ。
それからカッターナイフで白い糸を切り、駿矢を自由の身にしてやった。
その時気づいたけれど、駿矢は身長はさほど伸びていなくても、体はしなやかに引き締まっていて、その骨っぽさは二次性徴を感じさせた。
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