30人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
翌朝、学校へ向かう途中、解体工事の現場を通りがかった。
大きな工場を壊している途中で、鉄筋コンクリートの中身がむき出しになっている。
ふと、ひらめくものがあった。
私は人目をかいくぐって瓦礫に近づき、そこから飛び出していた鉄筋を一本掴んで引っ張った。これは、先にコンクリートの塊がくっついていて、引き抜けなかった。
別の一本を引っ張る。こっちは、長さが一メートル以上あるまっすぐな鉄筋を引き抜くことができた。先端がカギ型に曲がっていて、ここを叩きつければかなりの殺傷力が得られそうだ。
私は解体現場の敷地を出て、道路に戻る。
「……え、何してるの、そんなところで」
いきなりそう言ってきたのは、同級生の女子の、丹羽さんと春日さんだった。二人ともかわいらしい容姿で、クラスでも人気者の、私とは特に仲良くはない。
「それ、何持ってるの? 鉄棒?」と春日さんが指差してくる。
そうだ、と言おうとした。でも、その後はどうしよう。何に使うのかと訊かれたら。そう思うと、声が出ない。
「やだあ、黙らないでよ。ただでさえ鉄面皮なんだから、そんなの持ってたらなおさら怖いじゃん。表情なさすぎ」と丹羽さんが引きつって笑う。
おかしいかな。そりゃ、おかしいのだろうな。じゃあ、分かってもらう必要もないし、説明もしなくていいな。
「あ、ちょっと!?」
「学校逆だよ!?」
口々に言ってくる声を無視して、私は家へ向かって駆け出した。
強い逆風が吹きよせ、私の髪をばらばらに散らばせる。
あの「父」は、近づけば糸で人間を無力化してしまう。けれど、長く、硬く、重いもので、障害物の陰から思い切り殴ってやったらどうだろう。
そうだ、最初にあの糸の吹き出し口を狙うのだ。あそこを潰してしまえば、あれはただの紫色をした細めの俵だ。
走っているうちに、涙が出てきた。
何がお父さんだ。お父さんというのは、私を作ったり、育てたりする人だ。どっちももういないのなら、私の人生には父親なんて欠けていたって構わない。
馬鹿にするな。
初めてあの紫色の化け物がうちに来た時。その姿を見る前、新しい父親がくるとお母さんから聞いた瞬間、面倒くさいことになったなと思うのと同時に、私はほんの少しだけ喜んでしまった。
その時の喜びを、宝物を綿でくるむように、どうしても傷つけたくなくて、今日まであれを見て見ぬ振りをしてきた。その度に、傷つけたくなかったはずの大切なものは、見る影もないほどヒビだらけになっていったというのに。
屈辱だった。
私は、帰り着いた団地の階段を一段飛ばしで駆け上がった。
荒い息をついて、自分の家のドアの前に立つ。表札が目についた。私の苗字。そういえば、私を名前で呼ぶ人はもういない。下の名前で呼んでくるほど親しい友達はおらず、弟からは姉と呼ばれ、母親は消え、父親はいない。
もう誰からも、名前を呼ばれることなんてないんじゃないかと思った。
ドアノブをつかみ、手前に引く。
その時。
「小野木。小野木優奈、だよな?」
聞き覚えのある声で呼ばれ、私は振り返った。団地の狭い外廊下に、高品くんが立っている。驚きのあまり、思考が停止した。
最初のコメントを投稿しよう!