むらさきいろお父さん

4/6
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「な……なんで……ここに……高品くんが」 「昨日、家の場所聞いたろ。足はだいぶいいから、今日は学校まで乗っけてやれるぞ」 「二人乗りなんて、したことない」 「小野木は乗ってるだけでいいんだよ。あとは俺にしっかり捕まってれば」 「つかまる……しっかり……?」  私は思わずたたらを踏む。よろめきながら、高品くんの胸やお腹をじっくり注視してしまった。顔が熱い。 「……小野木って、そんな顔するんだな」  反射的に、両手のひらで顔を隠した。鉄棒が落ちて、がらんと音を立てる。  鉄棒? なんだっけ、これ。顔面を覆うのぼせそうな熱の中で、一瞬、私は完全に呆けた。  そんな私の耳に、ギイギイと、不愉快なきしみ音が聞こえた。  振り向くと、家のドアが、少しずつ開いていく。うちにはエアコンがないせいで窓を開け放しているので、ドアをちゃんと閉めていないと風が強い日は時折こうなる。 「ん? 誰かいるのか? おばさんとか?」  ぞっ、と血の気が引いた。  あの生き物を、絶対に高品くんには見られたくなかった。私は高品くんに好かれるような特別な容姿や性格をしていないから、幻滅される要素などありはしないと分かっていても、と一緒に暮らしている人間だと思われることには耐えられなかった。 「高品くん、ありがとう。でも私、一人で学校行くから!」  私は鉄棒を拾い、ドアの内側に飛び込んだ。とりあえず高品くんにはこの家から離れてもらいたい。  落ち着け。あの紫色の生き物をやっつけるのは別に今でなくてもいいのだ。さっきは少し興奮し過ぎていた。誰も周りにいない時に、もう少し落ち着いてから実行しよう。ひとまず命拾いしたな、紫俵(むらさきだわら)め。  そう考えて、ドアノブを後ろ手に閉めようとしつつ玄関から居間を見ると、そこには、思ってもいなかった光景があった。  紫色の巨大な肥満芋虫は、いつもと変わらずに床に転がっている。  けれどその先端――いつも糸を吐き出す口のような穴――から、人間の手が一本生えていた。肘から上の体は、まるまるとに飲み込まれている。  間違いない。駿矢の腕だ。 「な――」  こんなのは初めてだ。あの生き物に、人間が、駿。  私は鉄棒を振り上げ、一も二もなく紫の芋虫に飛びかかった。応戦するように、駿矢の腕との口の隙間から、白い糸の束が吐き出された。  しまった。本当は物陰から襲うつもりだったのに。  けれど糸は、たまたま私が腕に引っ掛けていた通学鞄に当たった。絡め取られる鞄を投げ捨て、私は鉄棒を振り下ろす。  命中した。  がちゅん、と気持ちの悪い手ごたえがあった。  鎌のように曲がった鉄棒の先端に、紫色の体液がしぶいて舞う。 「うわあああああ!!」  そこからは夢中だった。奴の口の死角に回り、何度も何度も鉄棒を叩きつけた。 「駿矢を、駿矢を出せ! 放せ!」  紫色の飛沫が、居間中に飛び散る。  やがて奴の体が不気味にぜん動し、駿矢がぬるりと吐き出された。 「駿矢!」  紫の液体にべっとりと全身を包まれていたけれど、目立った外傷はないようだ。息もしている。  奴が、また糸を大量に口から吐き出した。ライフル型の水鉄砲のような勢いで打ち出された大量の糸は、けれど死角に回り込んでいる私にはかすりもせずに、玄関の方へ空しく伸びていくだけだった。  ――このまま、ここで殺してやる。  そうだ、ずっとそうしてやりたかった。私は鉄棒を握り直した。とどめを刺してやろうと大きく息を吸い込んで、全身の筋肉を引き絞ろうとした、その時。 「暴力はいけない」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!