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「まあ好きにしていいよ。二千万切るまでは構わないから。と、そうだった。」
書類を揃え始めた小林くんの空になった徳利にサイダーを足し薩摩切子に注いだ。シュワシュワと白濁りが弾けていく。紫青の切子の中で海が誕生していくみたいだ。
「遠藤と結婚しようと思うの。はい、飴サイダーどうぞ。」
「な゙」
「面白いでしょ?」しかも美味しいんだぜ。
「ふざけてんの。」
「え、まずかった?」
いんや美味いよ?首を傾げるわたしに小林くんはそれじゃねえよ、と罵り声をあげた。
「誰と誰が結婚するって?」
「わたしと遠藤?」
ダンッとティーテーブルに拳を叩きつけた小林くんは無言で射殺さんばかり睨んだ。弾みで倒れたグラスはテーブルを転がり落ちる。やんわり受け止めた絨毯から拾いあげ、サロンの扉を開けた。危ないなぁ。雑巾もってくるわ。低い声が足を止めさせた。
「結婚なんて認めませんよ。」
「いいじゃない。遠藤はいいって言ったし「遠藤には俺が話をします。余計なことしないで下さい。」
ベタベタする手元の不快感をなんとかしたい。そしてこの話題は終わらせよう。そうしよう。仰々しく横に首を振り踵を返した後、わざとらしく振りむいた。
「やっぱり、あのとき、小林くんの子供を産んどけばよかったんだよ。親権は小林くんでしょ、そしたら今頃は皆で愉しくやれてたのにさ。」
本音を揶揄いで包み込んで不平にする。
「そんな事実も未来もないです。」
さっさとグラス洗ってきて下さい、と続けた小林くんはアームチェアの背にぐったりもたれていた。
たられば、はきりがないからな。
でも、きっと今頃、愉しかったはずなんだ。
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