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愛を乞う
秋季大祭が終わったばかりなのに、雨乞いが決まった。田んぼが干上がりそうだから30年前と同じように雨乞いをしてくれと町から嘆願が出ていたのを自治会長がもう落水だから放っておけ、と突っぱねたらしい。市長がこの自治会長の言葉を鵜呑みにしたため、議会は荒れた。田んぼの水抜き時期も知らないと露呈した市長は平謝りで予算をひねりだした。予算があるならと、急ピッチで作業はすすむ。6月に氾濫した浄土川の大昔の堤防跡の神社の楠に粛々と注連縄が撒かれていく。今は朝の五時前だ。
「雨乞いは初めて見る。」
「いいでしょ、好きでしょ。わたしのことあいしてるでしょ?」
「まあな。」
一気に明けていく空と神木に成っていく楠をファインダーに収め続ける遠藤に、終わったら帰っておいでよ、邪魔したら怒鳴りつけてください、と神事の準備をする自治会長と男衆に頭を下げた。どのみち神社も神事も女は立ち入り禁止だ。図らずも、黒デニムに黒いポロシャツの遠藤は黒装束に白タオルの男衆に紛れて違和感がない。ダサいチューリップハットも溶け込んでいる。普段見ない顔ぶれが混ざっているからなおさらだ。土手では、組み立てた5メートルはありそうな旗が横たわる。旗を掲げる滑車の支柱にしていた松の木が切られて無いぞ、どうするんだと騒いでいた。神事は十時と言ってたかなあ。まぁ5時間もあればなんとかなるだろう。
遠藤平良は芸術家だ。芸術家ってのは胡散臭い響きで、なんならニートの方がまだ社会的信用がある、ような気がする。写真家や画家ならまだしも、遠藤は芸術家と名乗る。個展も開催したりして、マダムなファンやパトロンな奥様もいる。アダルトな匂いしかないのは、遠藤平良の雰囲気だろう。ゴツゴツと筋張った節々に薄く筋肉のついた体躯は逆三角形にバランスがよく、細い顎に大きな口と彫りの深い目元は緩くうねる黒髪と調和している。迷彩グリーンのチューリップハットがトレードマークで快活に笑う男なのに、どうしてか暗いバーの紫煙を思わせた。
小林くんの連れで知り合い、何かと一緒に連んでいる。いいやつだからね。ニート仲間はだいじにしないと。わたしの仕分けでは遠藤はニートだ。あいつが芸術家を名乗るならわたしだって兼業農家を名乗れるはず。
「直会も来いって。昼飯いらなくなった。」
「馴染むの早すぎない?」
「入婿候補だからな。」
遅めの朝食は浅蜊ごはんのおにぎりに大根と溶き卵のみそ汁。茄子漬けに、オクラとイカの梅肉和え。オクラは庭で採れている。一番最初のオクラは大きくなるのを待って収穫したら、青竹のように固かった。あまりにショックでおおばあちゃまに理由を聞きに走った。その翌年からのオクラはやわらかくて美味しくなった。
知ってるかい?
殆どの野菜の初生りはもいで捨てるんだ。
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